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日本癌学会がサバイバー対象のSSPプログラムをスタート 患者と研究者の橋渡し役に

日本癌学会は、10月6日(木)~8日(土)に横浜市で開催した第75回日本癌学会学術総会で、がん研究を支援するサバイバー(がん体験者・家族)育成を目的とした「サバイバー・科学者プログラム(SSPプログラム)」をスタートさせました。同プログラムは、米国癌学会(AACR)が1999年から実施している科学者・サバイバープログラム「AACR-SSP」の日本版です。

目次

簡便なバイオマーカーの開発、免疫療法の課題克服に期待

SSPプログラムには、がん患者団体を運営する10人のがん体験者・家族が参加しました。開会式には、米国癌学会CEOのマーガレット・フォティ(Margaret Foti)さんも出席。学術総会開催中の3日間に渡り、各分野の第一人者が、「がん研究の歴史」「もっと知りたい分子標的薬」「がん体質を知って備える。家族性腫瘍について」「免疫療法の歴史」「薬剤の承認~抗CCR4抗体モガムリズマブの実例を基に~」などをテーマに、サバイバー対象の講演を実施しました。参加者は、それぞれ興味のあるシンポジウムや各研究者の発表も自由に聴講し、2日目には、それぞれの患者団体の活動についてポスター発表も行いました。

また、最終日には、参加者10人が2つのグループに分かれ、がんの研究者にも関心の高い「バイオマーカー」と「免疫療法」についてグループ・プレゼンテーションを実施。「バイオマーカー」について発表したグループのメンバーで、肺がん患者の会ワンステップ!代表の長谷川一男さんは、「肺がんの薬物療法を選択するうえでバイオマーカー検査は不可欠ですが、私は、がんの組織を取るための気管支鏡検査で窒息しそうになり、非常につらい思いをしました。先生方には、もっと簡便な検査法の開発をお願いしたいです」と訴えました。小児脳腫瘍の会代表の馬上祐子さんは、「これまでは捨てられていた胃の洗浄液などを使ってバイオマーカーを測る研究が進んでいることに驚きました」と、最先端の研究を聴講した感想を述べました。

一方、「免疫療法」をテーマに、メンバーと共に発表したNPO法人支えあう会α副理事長の野田真由美さんは、次のように指摘しました。「私たち患者は免疫療法に大きな期待を寄せていますが、免疫チェックポイント阻害薬は、誰にいつまで使えばいいのか長期間使ったらどんな副作用が起きるのか分かっていないことも多いのが現状です。薬価が高いことがネックで、今後は、新しい免疫チェックポイント阻害薬の承認が遅れるといったことが起きてくる危惧があります。私たち患者会関係者としては、医療経済のことも含めて発言しないといけないですし、バイオマーカーの開発によって本当に必要な人に免疫療法の薬が届くように、研究の進展と科学的な検証を期待したいです」

がん研究の推進へ患者団体の役割重要

グループ・プレゼンテーションを受け、同学会の理事で、肺腺がんの原因の一つであるALK融合遺伝子などの発見者で東京大学大学院医学系研究科生化学・分子生物学分野教授の間野博行さん(国立がん研究センター研究所長兼任)は、「メディアでは、『患者さんに早く薬を届けるための治験の重要性』『がんの基礎研究の推進が必要』といった大事な情報が国民に伝えられていません。例えば、全てのがん患者団体と日本癌学会、日本癌治療学会が新聞広告を出すなど、メディアを通して正しい情報を広げる活動を一緒にしていきたいと考えています」と呼びかけ、こう続けました。「医者は患者であり、患者は医者です。患者さんのサンプルを解析しないと新しい薬できませんから、患者さんは先生なのです。また、医師と患者の間に大きな線引きはなく、がん研究者や医師は、将来患者になるかもしれません。SSPプログラムを継続し、患者さんの団体と協力しながら研究を進めていきたいと思います」

同学会理事で、胃がんの原因であるピロリ菌研究者の東大大学院医学研究科微生物学講座教授の畠山昌則さんは、「ピロリ菌が胃がんの原因であると分かって、かなり啓発活動に力を入れましたが、医師にさえ理解していない人がいるのが現状で、正しい情報の伝達は非常に遅いと感じています。米国では、『がん研究は非常に大切です』などと、がんのサバイバーが訴える広告のようなものがテレビで1日に何度も放送されています。患者団体の方にも協力いただいて研究推進を訴えることが重要ですし、もう少し、正しい情報を伝える仕組みが必要です」と強調しました。

国立がん研究センター理事長の中釜斉さん(同学会副理事長)は、「SSPプログラムに参加した方たちと交流し、われわれ研究者は、細胞を見るだけではなく、患者さんと家族の声を聞きながら、社会的、経済的な問題も常に考えないといけないと感じました」と話しました。

参加者たちは、最後に修了証書を授与され、次のような決意を述べていました。「学会に参加して、患者は支援されるだけの存在ではなく、研究者をもっと応援する存在なのだと思いました。患者会の活動にもフィードバックしたい」「私たち患者にもできることはたくさんある。がん研究が進み、薬が開発されて命のバトンがつながっていくように、がん研究を後押しする活動をしたい」

最後に、運営を行った同学会理事(前理事長)で、がん研究会研究所長の野田哲生さんは、「今回、SSPプログラムの参加者に、いろいろなセッションの発表を聴講してもらい、がん研究の過程が患者さんの目にさらされることは重要だと実感しました。どういう動きをすれば本当に患者さんと研究者の間をつないでいただけるのか、最優先課題からこれからも取り組んでいただけたらありがたいです」とまとめました。

「米国のがん研究は大勢の患者会有志の要望で、過去10年間で4倍以上に予算が増額されました。日本はノーベル賞受賞者や候補の科学者をたくさん輩出している国であるにもかかわらず、国民によるがん研究の理解が進まないために、欧米と競争できるだけのがん研究予算が取れません。特に、日本人に多く欧米人には少ない難治性のがんの患者さんは、日本のがん研究が前に進まなければ救われないわけですから、日本癌学会のSSPプログラムが、がん研究を後押しするサバイバーを育てるきっかけになってほしいと思います」。AACR-SSPの参加経験があり、SSPプログラムの実現を同学会に働きかけた膵がん患者団体のNPO法人パンキャンジャパンの理事長の眞島喜幸さんは、そう話しています。

SSPプログラムは来年9月に横浜市で開かれる第76回同学会学術総会でも継続される予定です。米国や英国では、がんのサバイバーが、がんの予防、診断、治療に対する研究の企画段階や研究費をつけるか判断をする段階から、がん研究を支援するリサーチ・アドボケートとして関わっています。日本でもSSPプログラム修了者ががん研究者と患者の橋渡し役になることによって、がん研究への国民の理解と日本人患者にとって恩恵の大きい研究が進むことが期待されます。

(取材・文/医療ライター・福島安紀)

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