大規模試験や第3相試験など、臨床開発も大詰めを迎えた開発薬候補の約半数は、承認取得に至ることなく失敗に終わっており、それらのほとんどは論文査読のある専門誌などへのデータ公表がなされていないという調査結果が報告された。
ハーバードメディカルスクールのThomas J. Hwang氏らが2016年10月10日のJAMA Internal Medicine Onlineに発表した。Hwang氏らは、すべての開発薬の試験データを適切な時期に公表することの重要性を主張する。最終的に有効性や安全性が検証されなかったとしても、そこには重要な情報が含まれている可能性があり、得られる教訓は少なくないとしている。
目次
調査方法・評価デザイン
後期の臨床開発段階で失敗した理由とその頻度、そして、それらのうち試験データが公表されている割合などを明確にするため、世界各国で1998年から2008年に第3相など大規模試験の開発段階まで進んでいた開発薬候補について、2015年まで追跡した。
データソースは、前臨床試験から発売までの長期的な開発情報がリアルタイムで提供されている2つの商業データベース、「Pharmaprojects」(英国Informa plc)、および「AdisInsight」(ドイツSpringer)を用いた。開発薬候補を、世界保健機関(WHO)割当の治療領域(ATC)分類、希少疾病用医薬品(オーファンドラッグ)指定の有無、優先審査(ファストトラック)指定の有無、標的とする生物学的経路の新規性、企業規模、薬理学的化合物か、または生物学的製剤化かなどにより分類し、臨床開発に失敗した理由(有効性、安全性、商業化)を特定した。また、試験データ公表の割合を算定し、多変量ロジスティック回帰モデルを用いて承認申請に関連するファクターを評価した。
後期臨床開発候補の23%を占めるがん治療薬、開発失敗は約3割で最多
抽出された開発薬候補は全部で640品目。そのうち、米国食品医薬品局(FDA)や欧州医薬品庁(EMA)、日本、カナダ、およびオーストラリアの各当局による承認に至らなかった、いわゆる臨床試験失敗は344品目(53.8%)であった。失敗した候補の56.7%(195品目)は有効性不十分が理由で、安全性の問題が理由は59品目(17.2%)、商業化に関連する理由は74品目(21.5%)であった。
失敗344品目のうち、がん治療薬は102品目(29.7%)で、失敗理由は有効性が65品目(63.7%)、安全性が12品目(11.8%)、商業化関連が24品目(23.5%)であった。次いで多かったのは心血管系の53品目(15.4%)と神経系の52品目(15.2%)でほぼ同等である。
開発失敗候補の6割がデータ非公表
後期臨床試験の段階で開発失敗となった344品目のうち、138品目(40.1%)は論文査読のある専門誌に掲載されていたが、残りの206品目(59.9%)はデータが公表されていない。失敗理由は、データ公表された候補、されなかった候補ともに有効性、および安全性がともに約半数(47.5%から52.5%)を占めた。対照的なのは、商業化関連の理由で失敗となった候補で、データが公表されたのはわずか6品目(8.1%)であったのに対し、公表されなかったのは68品目(91.9%)にのぼった。また、理由不明の失敗は非公表の候補が独占し、公表された候補の失敗理由に不明はなかった。
がん治療薬候補のFDA承認割合は他の領域候補の約半分
Hwang氏らは調査結果について、開発成功率の高い、すなわち承認を取得しやすい製品のあるカテゴリーを示している。例えば、希少疾病用医薬品指定の候補は、指定されていない候補と比べ、米国食品医薬品局(FDA)の承認を取得した割合が有意に高かった(各46%、34%、補正オッズ比2.3)。また、がん治療薬候補はそれ以外の領域の候補と比べ、FDA承認取得の割合が有意に低い(各27%、39%、補正オッズ比0.5)、あるいは、資金提供する企業規模が小から中の候補は、大企業が資金提供する候補と比べ、FDA承認取得の割合が有意に低かった(各28%、42%、補正オッズ比0.4)など。これらの傾向は米国のみならず、他国当局の承認取得割合の解析でも同様の有意差が認められた。
多くの開発薬候補は、開発プロセスの中ではデータ公表の際に誇張して描写されることがあるものの、実際には、客観的判断で画期的とされる薬剤はまれである。ある場合は、開発段階の早期には有望な結果が得られても、第3相の後期になって結果が覆されることも少なくない。例えば、酸化ストレス阻害薬エレスクロモルは、進行転移性悪性黒色腫患者を対象とするパクリタキセル併用の第2相試験で、無増悪生存を有意に改善したという結果が得られたものの、より大規模な第3相試験で有意差を証明することができず、また、併用群での死亡者が多かったため、試験は中止を余儀なくされた。
ネガティブデータも貴重な資源
承認取得した候補の76%から86%は論文査読のある専門誌などでデータが公表されているのに対し、承認されなかった候補のデータ公表が40%にとどまるというこの差は、倫理的な意味で問題だとHwang氏。研究者や資金提供者は、開発がたとえ失敗したとしても、臨床試験への参加に同意した多くの患者を尊重すべきである。公表されるデータは、共有されることにより、参加しなかった他の患者や研究者、医師にとっても受け入れられる知見となり得る。ネガティブなデータも臨床現場に提供することで、承認されなかったその候補と同じクラス、または類似のクラスに属する既承認薬の安全性や薬理作用について、新たな知見をもたらす可能性もある。開発プロセスの後期になって発見された有効性や安全性の課題を認識しなければ、研究者らはベネフィットが得られそうもない臨床試験をただ継続して進めていくことになり、結果としてその先の研究で、毒性や無益な治療を原因とする障壁が立ちはだかる。
一旦は承認取得に失敗した候補でも、その際のネガティブデータは、サリドマイドがのちに多発性骨髄腫の治療薬として有用性を発揮したように、別の新たな適応で開発する際に重要な情報を含む場合もある。臨床試験にかかるコストは増加傾向にある。情報共有がなくなることは重要な資源を廃棄することに他ならない。そればかりでなく、より生産性の高い有益な研究領域に転換する機会も失われる。米国立衛生研究所(NIH)では最近、臨床試験で得られた知見を広く共有することを目的とし、承認取得に至らなかった開発薬候補の試験結果も、医学専門誌に掲載されていない結果であっても、臨床試験登録サイト(ClinicalTrials.gov)に登録するように呼びかけている。
記事:川又 総江