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泌尿器領域のがんに対するプレシジョン・メディシン①前立腺がんのプレシジョン・メディシン~AR-V7を測定し、薬剤効果を予測する~

昨今、次世代シーケンサーを使って、がんの組織などの遺伝子異常を調べ、一人ひとりの患者に最適な薬を選ぶクリニカルシーケンスとよばれる「プレシジョン・メディシン」の活用が広がってきています。

今回、泌尿器がん(前立腺がん、腎臓がん等)分野のプレシジョン・メディシンについて、順天堂大学医学部 泌尿器科学講座 教授の堀江 重郎先生にインタビューしました。

目次

プレシジョン・メディシンとは?

堀江先生:プレシジョン・メディシンは、日本語で表現すると「精密医療」となります。従来の薬物治療の流れは、病気の原因となるメカニズムに対して、効果がある薬剤を見出し、臨床試験を行い、その集団における薬剤の効果を統計的に判断して、十分な効果があれば、保険に承認されます。しかし問題としては、薬剤は誰にも効果があるわけではなく、実は一部の患者さんのみに効果があるという点です。

たとえば、うつ病の薬剤であれば、一部のうつ病の患者さんにしか効きません。がん領域についても、新しい薬剤が、生存期間が3か月延長したと報じられると、「なんだ、それだけしか効果が認められないのか」と思われがちです。これは統計的な中央値で検討するためこのように思われやすいのです。実際、一部の効果がある患者さんには非常に効果があり、より長い延命が期待できます。一方、効果がない患者さんに対しては、比較的医療費が高額になり、かつ副作用がある治療を一定期間実施しなければなりません。

一昨年、アメリカで当時の大統領であったオバマが中心に提唱してきたプレシジョン・メディシンとは、患者さんのバイオマーカー、主に遺伝的なマーカーを用いて、治療の恩恵を受ける患者さんを予測して医療を行う、というものです。

泌尿器領域では、腎臓がんや前立腺がんにおいてこの研究が進んでいます。

泌尿器領域のがんに対するプレシジョン・メディシン前立腺がんのプレシジョン・メディシン~AR-V7を測定し、薬剤効果を予測する~


堀江先生:前立腺がんでは、腫瘍が前立腺にとどまっている場合は手術や放射線治療で治療を施します。転移性がんの場合は、最初にホルモン治療と呼ばれる治療を進めますが、最近では、転移がんでは、ドセタキセルなどタキサン系の抗がん剤を早い段階で治療に用います。

前立腺がんにおいて、ホルモン治療が効かない患者さんを治療抵抗性前立腺が(Castration-resistant prostate cancer;CRPC)と呼んでいます。

以前は、CRPCとホルモン治療感受性前立腺がん(Hormone sensitive prostate cancer(HSPC))というふたつの段階があり、前立腺がん治療の主体であるテストステロンが結合するアンドロゲン受容体が治療の鍵となっていました。

このアンドロゲン受容体という遺伝子に変異がある場合、治療の効果が変わってきます。アンドロゲン受容体の変異体をバリアントと呼んでいますが、アンドロゲン受容体バリアントの種類が非常に多いのです。なかでもアンドロゲン受容体バリアント7AR-V7)という遺伝子が発現するがんには、アンドロゲン受容体をターゲットとする薬の効果が期待できないことがわかってきました。

以前は、ホルモン治療に効かない転移性前立腺がん(CRPC)はベストサポーティブケアBSC)と呼ばれる、対症療法のみでした。有効な治療がなかったのです。

新しい薬剤として、AR標的薬といってエンザルタミドやアビラテロンと呼ばれる薬剤があります。これらAR標的薬は経口剤なので患者さんとして、医師としても選択されやすいです。

このとき気を付けたいのは、がん細胞のAR-V7を注視しないと、効果がない治療を施してしまう可能性があるところです。実際にがんの細胞内にアンドロゲン受容体変異があるかどうかは、主に血中の循環腫瘍細胞を調べます。

転移のある患者さんも、転移の部位によって遺伝子の変化はまちまちであることがわかっています。その中でも身体にとって影響力の強い細胞は血液の中を巡っていると考えます。血液の中から腫瘍細胞を取り出して、アンドロゲン受容体による遺伝子変化があるかを見つけることは、すでに世界トップクラスの病院で行われています。

難しい点として、転移が多いといっても血液細胞の中でがん細胞は、砂金が砂の中に埋まっているような、非常に低い頻度であるため、それを検出するには、高度なテクニックが必要です。順天堂大学病院は、現在のところ国内でもそれを検出し薬剤を選択している唯一の施設です。シンガポールでも研究が進んでおりますが、臨床の応用が未完成のため、当院がアジア唯一の施設となります。

方法論としては、10ccの血液の中に腫瘍細胞のRNAに特徴的な抗体で引っ掛け、理論上どのぐらいの量かを測ります。この手法をリキッド・バイオプシーといい、RNAではなく、セル・フリーDNAといって、分解された腫瘍細胞が泳いでいるDNAを採取する方法もあります。

ただ、AR-V7というのは、遺伝子の変異というよりスプラス・バリアントといって、発現したメッセンジャーRNAの異常のため、セル・フリーDNAでは見つけることができないのです。そのため、検査に不安定さが伴い、RNAを検出しなければなりません。難しい手法ですね。

肺がんのように、ドライバー・オンコジーン(ドライバー遺伝子)をリキッド・バイオプシーで確認す場合は、遺伝子増幅が大きくセル・フリーDNAで検出できるため、実はそれほど難しいわけではありません。

プレシジョン・メディシンとは少し離れますが、最近話題になっている免疫チェックポインと阻害薬は、がん全体の遺伝子変異が多いほど効果があるといわれています。しかしながら、前立腺がんは、がん全体の遺伝子変異が少ないため、現状ではステージが進まないと免疫チェックポイント阻害薬は有効ではないといわれています。

第2回記事:泌尿器領域のがんに対するプレシジョン・メディシン②腎臓がん、膀胱がん、精巣腫瘍~免疫チェックポイント阻害薬への期待とプレシジョン・サージェリー~に続く

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