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【集中連載】がん治療の革命!? プレシジョン・メディシン⑩ 次世代シークエンサーによる網羅的な遺伝子検査は、いつ保険適用になるの? ~日本臨床腫瘍学会シンポ・レポート~

 この連載で取り上げてきたように、次世代シークエンサー(NGS)を用いて、がんの組織の遺伝子の異常を調べ、一人ひとりの患者に最適な薬を選ぶ「プレシジョン・メディシン」(高精度医療)が徐々に広がりつつあります。ただ、現時点では、がんの患者が、NGSを用いてたくさんの遺伝子変異を一度に調べる遺伝子検査を受けるには、SCRUM-Japan、近大クリニカルシーケンスなどの臨床研究に参加するか、高額な費用を支払って自由診療で行われている遺伝子検査を受けるしかありません。

 NGSを使った網羅的な遺伝子検査の保険承認が期待される中、日本臨床腫瘍学会が7月29日、第15回学術集会で、「次世代シークエンサーなど多遺伝子異常診断機器の医療機器として薬事承認・保険償還への道」と題したシンポジウムを開催しました。一度にたくさんの遺伝子を調べられる遺伝子検査によるプレシジョン・メディシンは、近い将来、保険で誰でも受けられるようになるのでしょうか。シンポジウムの内容をレポートします。

目次

がんゲノム医療中核拠点病院を今年度中に指定し、ゲノム情報管理センターなども設置

 シンポジウムでは、最初に、厚生労働省大臣官房厚生科学課の深田一平氏が、「ゲノム情報を用いた医療等の実用化推進タスクフォースでの議論」と題して講演。ゲノム医療の実用化に向け、昨年10月にまとめられた「ゲノム情報を用いた医療等の実用化推進タスクフォース」(座長/福井次矢・聖路加国際病院長)、今年6月に公表された「がんゲノム医療推進コンソーシアム懇談会」(座長/間野博行・国立がん研究センター研究所長)の報告書の要点を説明しました。

 なお、がんゲノム医療の推進は、安倍晋三首相の肝煎りで進んでおり、「がんゲノム医療推進コンソーシアム懇談会」は、国を挙げて進むがんゲノム医療の実用化準備の一環として開催された経緯があります。

 深田氏が同懇談会報告書の4つのポイントとして示したのは、次の4点です。①がんゲノム診療を行う中核的な役割を担う「がんゲノム医療中核拠点病院」の指定、②中核拠点病院から患者のゲノム情報などを集約化する「がんゲノム情報管理センター」(仮称)の設置、③がんゲノム診療を支援したりゲノム解析を行ったりする質の高い民間の「がんゲノム診療支援事業者」「ゲノム解析事業者」の認定、④戦略的な研究を推進するために不可欠な「大学等研究機関」との連携――(図1)。

 この4つを進め、日本人データに基づく知識データベースを構築してアジアの医療にも貢献していくことを目指しています。

 まずは、「がんゲノム医療中核拠点病院」が今年度中に7施設程度指定されることになっており、最初の段階では、その拠点病院でのみ、がん等に関する遺伝子を複数同時に測定する遺伝子パネル検査を臨床応用するための体制整備が進む見通しです。

 同中核拠点病院の要件は、(1)遺伝子パネル検査(承認された医薬品のない遺伝子を含み、外部機関への委託も可)を実施できる、(2)パネル検査結果を医学的に判定できる専門家集団がいる、(3)遺伝性腫瘍等の患者に対して専門的な遺伝カウンセリングが可能、(4)パネル検査等の対象者について一定数以上の症例を有している――などで、今後具体的に決められることになっています。

(厚生労働省「がんゲノム医療推進コンソーシアム懇談会報告書」より)

先進医療でデータを収集後、2019年度初頭の保険収載目指す

 では、複数の遺伝子異常を同時に調べる遺伝子パネル検査は、いつ頃、保険適用になるのでしょうか。深田氏は、がんゲノム医療推進コンソーシアム懇談会報告書に掲載された「がんゲノム医療実用化に向けた工程表」(図2)を示し、次のように述べました。

 「ゲノム検査の承認・保険適用に関しては、先進医療におけるがんゲノム医療の位置づけの検討をして、遺伝子パネルを活用した新たな先進医療を実施します。先進医療のデータで有効性安全性が実証されれば、なるべく早期にパネル検査の薬事承認を行い、2019年度初頭を目途に薬事承認されたパネル検査の保険収載を目指していく、こういった流れを想定して、厚生労働省として取り組んでいます」

 つまり、大学病院などで自由診療によって実施されているNGSを用いた遺伝子解析は、将来的には保険診療を目指して、2018年度以降、「先進医療」として保険診療と併用する行われる可能性が高いということです。すでに、厚生労働省の先進医療技術審査部会では、遺伝子パネルを用いた医療技術などを先進医療Bとして実施する際の取り扱いについて話し合われています。

 一方、医薬品医療機器総合機構(PMDA)医療機器審査第一部部長の髙江慎一氏は、国立がん研究センターとシスメックス社が共同開発した「がん関連遺伝子パネル検査システム」が、今年2月末に「先駆け審査指定制度」の対象になっていることを紹介しました。同氏は、「先駆け審査指定制度は、申請から承認までの期間が通常の半分、約半年で承認しようというプログラム」と説明しています。

 あくまで筆者の推測ですが、同遺伝子パネル検査システムは、19年度初頭より早い段階で、保険承認される可能性があります。

 また、髙江氏は、がん関連遺伝子パネル検査システムが保険承認された場合、有効性と安全性を担保するために、最初は施設要件、使用する医師の要件を規定し、限られた医療機関で、一定の専門性を持った医師のみがこの検査システムを使えるようにしていく方針であることを示し、次のように強調しました。

 「検討課題は、検査項目の臨床的意義、エビデンスレベル、臨床的有用性の評価、医療現場での結果の活用などいろいろあります。研究として進展している最中で、それを止めずに、どこまでを薬事承認、保険承認して先につなげていくか、産官学、認識を共有して審査を進めていければと思います」

(厚生労働省「がんゲノム医療推進コンソーシアム懇談会報告書」より)

遺伝子パネル検査後、多くの患者が治療や治験を受けられる体制整備を求める声も

 厚労省厚生科学課の深田氏に対して、フロアの参加者からは、「実臨床では、患者さんは治療を受けるのが目的です。NGSを用いた遺伝子パネル検査が保険承認されたとしても、このままでは大半の患者さんが、検査を受けて遺伝子の異常は見つかったけれども、薬は適応外で保険診療では使えないことになりかねません。がんゲノム医療コンソーシアム懇談会の報告書の中にもあった、ゲノム変異に着目した医薬品の適応拡大、早期承認を、遺伝子パネル検査の薬事承認、保険承認審査と同時進行で進めていただきたい」との要望がありました。

 深田氏は、「確かに、このままではパネル検査で遺伝子異常は見つかったけれども、薬はないということが、多々出てくると想定されます。治験臨床試験を用いて、そういう患者さんに薬を提供できる体制をどう整えるか、厚労省内部で検討しています」と回答しました。

 さらに、「がんゲノム医療中核拠点病院でしか遺伝子パネル検査が受けられないとなると、そこに患者が殺到することになります。多くの国民、がん患者が恩恵を受けるためには、どの病院でもパネル検査を受けられるようにしていく必要があるのではないか」との意見も出ています。

 「がんゲノム医療実用化に向けての工程表」では、19年度以降、遺伝子パネル検査の「実施施設の拡大」も想定されており、深田氏は、「議論を行って、なるべく多くの皆さんが適切な治療が届けられるように取り組んで行きます」と話しました。

 同シンポの中で、国立がん研究センター中央病院で臨床研究としてNGSを用いた遺伝子パネル検査を実施する「TOP-GEARプロジェクト」について発表した同院臨床検査科の角南久仁子氏に対しては、「臨床試験で結果が出ているものではなく、ケースレポート(症例報告)レベルのエビデンスしかない遺伝子異常が見つかった時には治療薬を投与しているのか」との質問が出ました。

 角南氏は、「なるべく多くの患者さんに薬を届けたいという気持ちはあります。ただ、当センターでは、ケースレポートレベルのエビデンスしかない遺伝子異常に対する薬剤の適応外使用を積極的に行ってはいません。医師主導治験などによってエビデンスを作り、できるだけ多くの薬を保険承認、適応拡大に結び付けることに力を入れています」と回答しました。

 これに対しては、「希少がん(年間発生数が人口10万人当たり6人未満)の多くはエビデンスが乏しく、高いエビデンスが必要となると、NGSをやる意味がなくなるのではないでしょうか。バスケット試験のような形で、国策として、希少な遺伝子変異、希少ながんに対して臨床試験を実施するなど、NGSの結果によって、多くの患者さんが臨床試験の中ででも薬を使えるようにして欲しい」との指摘も出ました。

 バスケット試験とは、がん種を限定せず特定の遺伝子異常・たんぱく発現などを有する患者さんの集団に対して、その遺伝子異常などに適した薬剤を用いる治験です。

 このシンポの司会の一人で、同院副院長(研究担当)としてTOP-GEARプロジェクトリーダーを務める藤原康弘氏は、「MASTER KEY(マスターキー、Marker Assisted Selective ThErapy in Rare cancers: Knowledge database Establishing)という新しいプロジェクトを中央病院では始めており、特に希少がんの患者さんに対しては医師主導治験などを実施し、薬の承認申請に使えるデータを揃えようという基本方針で望んでいます」と補足しました。

 「MASTER KEYプロジェクト」には、大きく、次の①と②の2つのプロジェクトがあり、今年7月からスタートしています。①希少がん患者さんの遺伝子情報や診療情報、予後データなどを網羅的に収集した大規模なデータベースを構築するレジストリ研究、②バスケット型デザイン(バスケット試験)と呼ばれる新しい手法の臨床試験の実施――です。

 最後に、藤原氏がこう話し、シンポをまとめました。「髙江さんが指摘したように、NGSを一般診療に導入していくためには、産官学の連携が重要です。われわれの前には治療を待っている患者さんがいます。その患者さんたちの思いを受け止めつつも、どうやって安全な治療環境を整えていくか、緊密に話し合いながら本音で議論をして、NGSを使った網羅的遺伝子解析が公的医療保険の中でできる世界初の国になれればと思います」

集中連載・がん治療の革命?! プレシジョン・メディシン(高精度医療)

国立がんセンターを中心に進む全国プロジェクト「SCRUM-Japan」(上)

国立がんセンターを中心に進む全国プロジェクト「SCRUM-Japan」(下)

がん研究会が「がんプレシジョン医療研究センター」を始動

「近畿大クリニカルシーケンス」が実践する〝早い″〝安い″遺伝子解析

京都大学医学部附属病院などで進む「オンコプライム」を用いた遺伝子診断・治療とは(上)

京都大学医学部附属病院などで進む「オンコプライム」を用いた遺伝子診断・治療とは(下)

国立がん研究センター中央病院が進める「TOP-GEARプロジェクト」とは
 
北海道がんセンターでスタート、慶應大学病院で開始予定の「プレシジョン検査」とは

(取材・文/医療ライター・福島安紀)

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