医学ジャーナリストががんに関する記事を作る時、どのようにテーマを選び、どのような方法で情報を取得しているのか、懸念していることはなにか。技術の進歩により医学の知識知見が蓄積される中で、がん関連の話題を報じるジャーナリストが抱える困難は増している。
がん関連報道の実態を探るべく、東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門の上昌広氏らの研究グループが、医学ジャーナリストを対象とする調査結果をまとめ、2015年のecancer medicinal scienceで発表した。
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厚労省記者クラブ所属メディアのジャーナリストにアンケート協力を呼びかけ
研究グループは、2010年12月から2011年1月、東京大学医科学研究所の研究倫理委員会の承認を得て調査を行った。対象は、厚生労働省の記者クラブに属している新聞、テレビ、ラジオ、週刊誌、あるいはウェブメディアで医学情報を取り扱っている報道各社82組織、364人のジャーナリストで、研究グループが質問票を電子メールで送信し、回答期間は2カ月とした。
複数回答可能な24問と短文で回答できる質問票は大きく3つに別れ、(1)回答するジャーナリストの年齢、性別など属性に関する質問、(2)医学情報を報じる上で直面する困難に関する質問、(3)話題選択や情報源など報道スタイルに関する質問であった。
多くの医学ジャーナリストは健康関連報道にもともと関心が高かった
回答を返信したのは、364人中57人(返答率16%)で、そのうち、がん関連情報を担当している48人を本調査研究の解析対象とした。48人の年齢は20歳代から40歳代、文系出身が34人、自然科学系出身が13人、医学系出身が1人であった。健康関連報道に携わるようになった理由は、ジャーナリスト個人の興味・関心と回答したのが36人と最も多く、がん患者としての自身の経験を理由としたジャーナリストが4人いた。
がん関連情報は治療・回復を前提とした話題に偏り、多くがホスピスには触れず
今回の調査は返答率が低く、解析対象が少なかったものの、がん関連報道に携わるジャーナリストについて重要な情報が得られた。まず、取り扱う話題に明らかな偏りがあった。
48人中33人が、記事は治療に関するものと回答しており、ジャーナリストは積極的治療や生存率に注目し、治療の失敗や有害事象、終末期医療、死亡などよりも高い関心を示すことが分かった。次いで多い記事は医療政策、新薬や新治療法に関するものであった。一方、ホスピスに関する記事は48人中35人(73%)が全く書いた経験がなく、研究グループは、これは予想外だったとしている。
ジャーナリストが情報の質を気にかけるのは当然のこと
ジャーナリストが懸念していることで、最も多いのは情報の質(48人中36人)、次いで社会的影響、技術に関する知識不足、技術理解の困難さ(各35人)であった。研究グループは、技術革新により特定分野の専門性が特化していく状況にジャーナリストがついていくこと自体が大変なことで、正確な情報を提供することの難しさに納得している。医学的知識を持つ医師でさえも、偏向した情報に影響され得ることを考えれば、ジャーナリストが感じる懸念は妥当とも考えている。
約9割のジャーナリストが個人的ネットワークで取材
報道する話題の偏りを少なくするためには、情報源を幅広く持つことが理想的であるが、実際には48人中42人(88%)が個人的なネットワークの中での情報源に依存していた。新しいコミュニケーションツールが普及しているにも関わらず、ジャーナリストはがんに関する情報源として専門医を最も信頼し、彼らにインタビューすることを重要視していることが分かった。
ツイッターやフェイスブックなどのソーシャルメディアでは、個人のネットワークを介して容易に情報を集めることができる。48人中32人は情報収集にソーシャルメディアを活用はしているが、ソーシャルメディアを一次情報源としていたのは1人のみであった。研究グループは、信頼性や正確性はさておき、ソーシャルメディアを利用して誰もが健康情報を発信できるが、だからこそ、ジャーナリストはソーシャルメディアから得られる情報に懐疑的で、あえて距離を置くのかも知れないと考察している。
学術誌を主な情報源としているジャーナリストは、48人中わずか18人にとどまった。医師は、自身の研究成果を学術誌に発表したいと常に考えるものだが、研究論文そのものは、ジャーナリストにとっては技術や専門用語が難解のため、両者の意思疎通に貢献せず、ジャーナリストも専門レベルの高い学術誌には求めるものが少ないと考えられた。一方、30人以上は学術会議からは情報を取得していると回答し、48人中9人は一次情報源として活用していた。研究グループは、読者がより新しい情報を求めていることを重視すれば、学術誌は単にニーズに合わないと考えられるとしている。
なお研究グループは、一次情報源として企業のプレスリリースを利用するジャーナリストがいなかったことは、予想通りだったとしている。企業広報として発信されるプレスリリースには、ジャーナリストが情報の正確性を注意深くチェックするべきとしている。
がん関連情報を製作するジャーナリストの取材アプローチは、もちろん個別に違う。研究グループは、アプローチをより詳細に分析するためには、より大規模で質的観点からの調査研究が必要としている。