進行がん患者の治療方針を決定する根拠として、ゲノムプロファイリングにより治療標的になり得る遺伝子を特定し、それに見合う分子標的薬を選定することはできるか、そして推奨・選定された治療を行った場合、どの程度、どのような有益性が得られるか。実用可能性と有益性が検証されれば、ゲノムプロファイリングをルーティン検査に適用することに妥当性がある。フランス・レオンベラールセンターのOlivier Tredan氏らは、2017年6月2日から5日に開催された米国臨床腫瘍学会(ASCO)で、進行がん患者を対象に遺伝的・免疫学的ゲノムプロファイリングを確立するための研究プログラム(ProfiLER-01、NCT01774409)の結果をLate-Breaking-Abstract(LBA)枠で発表した(LBA100)。
今回の試験結果に限れば、結論として、高速大量処理のゲノムプロファイリングをルーティン検査として実用化することは可能であるが、すでに多くの治療を経験した進行がん患者の場合は、推奨された分子標的薬による治療を実際に実施できる患者は限定的で、有益性が得られる患者集団規模は小さいとされた。Tredan氏らは、今回より多くの患者集団を対象とし、スクリーニングする遺伝子の種類を拡充する次の試験ProfiLER-02を計画しており、データの蓄積により知見を積み上げていく意向である。
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半数以上の患者で治療標的遺伝子候補を特定
ProfiLER-01では2017年6月現在、2676例が登録され、そのうち1944例の腫瘍組織サンプルが解析された。患者は大腸がん、生殖器がん、乳がん、脳腫瘍、頭頸部癌など様々であった。69種のがん関連遺伝子を次世代シーケンサー(NGS)により配列解析し、全ゲノムアレイ比較ハイブリダイゼーション(aCGH)を用いてDNAコピー数の変動を解析した。
その結果、1944サンプル中1004サンプル(52%)で、治療標的になり得る遺伝子変異が検出された。609サンプルは遺伝子変異が1つのみで、394サンプルは遺伝子変異が2つから6つ見つかった。最も多く検出された変異はPI3K/mTORシグナル伝達経路に関与する遺伝子であった。解析対象の1944例のうち、検出された遺伝子変異に適切と考えられる分子標的薬を推奨されたのは676例(35%)で、そのうち143例が主に臨床試験に参加する形で推奨治療薬が投与された。残りの533例は健常状態に問題あり、がんの急速進行、臨床試験適格条件に該当しない、あるいは推奨治療薬が未承認薬で入手困難などの理由で、実際には推奨された治療を受けなかった。
標的遺伝子に基づく分子標的治療を実際に実施できたのは1944例中143例(7%)
実際に推奨治療を受けた143例の患者集団の全生存期間中央値は3.3年であった。推奨治療を受けた患者集団の3年後の生存率(53.7%)は、推奨治療を受けなかった患者集団(46.1%)より高く、5年後の生存率(各34.8%、28.1%)も同様であった。
以上、NGSとaCGHを用いたゲノムプロファイリング手法はルーティン検査に応用可能であるが、治療方針決定に至ったのは3割台、さらに治療を実行できたのは1割に満たなかった。
循環血中に放出された腫瘍DNAを捉える新技術でがんの早期発見は可能か
上記のProfiLER-01では、腫瘍組織生検(バイオプシー)により採取したサンプルが検体である。一方で、より非侵襲的で簡便な採血のみで得られた血液検体を用いて腫瘍DNAを検出するがんスクリーニング検査の可能性を検証した試験結果を、Memorial Sloan Ketteringがんセンターの Pedram Razavi氏らがASCO2017のLBA枠で発表した(LBA11516)。
血中の腫瘍DNAの検出には、高輝度シーケンスと呼ばれる革新的な技術が活用された。この技術で検出できるゲノムの範囲は極めて広くて深く、508種の遺伝子、200万を超える塩基対をスキャンし、各ゲノムを6万回解読する高精度デバイスである。得られる膨大な量のデータは早期発見を目的とする血液検査法の構築に有益である。また、このアプローチは、すでにがんと診断されている患者のゲノムの一部プロファイリングに用いるリキッドバイオプシーとは異なる。リキッドバイオプシーは病状の経過観察、治療薬の適合可能性を検証するための遺伝子変異を検出する目的で行われる。
治療標的候補の遺伝子特定は血液と腫瘍サンプルで76%が合致
Razavi氏らは、転移性乳がん、非小細胞肺がん(NSCLC)、または去勢抵抗性前立腺がん(CRPC)患者124例の血液サンプルを液体部分の血漿と細胞部分に分離し、血漿から抽出したセルフリーDNAと白血球細胞のゲノムを高輝度シーケンスにより解析した。同時に採取した腫瘍サンプルを用いたゲノム解析結果と照合し、その一致性を検証した。その結果、腫瘍サンプルで少なくとも1つのゲノム変化が検出された患者のうち、腫瘍サンプルでの検査と血液検査での結果が一致したのは89%であった。さらに重要なことは、試験者が腫瘍サンプルを用いた検査結果を予め知らない状態で、承認されている分子標的薬や臨床開発中の分子標的薬による治療が適切とされる遺伝子変異を持っていた患者のうち、腫瘍サンプルと血液サンプルでの双方の検査結果が一致したのが76%に達したことである。
高輝度シーケンスのアプローチは、あくまでも研究用の基盤技術で、患者やスクリーニングの被験者用に使用されているわけではない。今回はその性能と実用可能性を検証するため、すでに血中に腫瘍DNAが存在している進行がん患者の血液サンプルを解析対象とした。現実的には、腫瘍組織サンプルを用いた検査をしない被験者が対象となり、血液検査のみで、当然先入観を含むことなくゲノムの変化を検出することになる。
循環血中の腫瘍DNAは、どこかの組織にあるがんの死細胞に由来する遺伝子産物が血流に落ちた極々わずかな断片である。血中に存在するセルフリーDNA全体から見ればほんのわずかで、血中に循環する遺伝子産物の断片はほとんどが正常細胞に由来する。Razavi氏は、「血液中の腫瘍DNAを検出することは、干草の山から1本の針を探すようなもの。100のDNA断片当たり、腫瘍細胞由来のDNAはわずか1つ、残りは主に骨髄細胞など正常細胞に由来する。セルフリーDNAと白血球細胞DNAを組み合わせた解析は、より高感度で腫瘍DNAを特定することが可能で、極めてまれにしか存在しない腫瘍DNAの断片を検出するのにディープシーケンスが大きな役割を果たす」と語った。
Routine Genomic Testing is Feasible, But Only a Subset of Patients Benefit(ASCO NEWS RELEASE)
記事:川又 総江 & 可知 健太