2017年7月17日、米国食品医薬品局(FDA)はHER2陽性早期乳がん患者に対するトラスツズマブ(商品名ハーセプチン)ベースの術後化学療法後の術後化学療法としてネラチニブ(商品名NERLYNX)の製造販売を承認した。
ネラチニブ(商品名NERLYNX)とは、乳がんの治療効果予測因子とされるHER2をはじめHER1、HER4を不可逆的に阻害する経口のチロシンキナーゼ阻害薬である。
HER2陽性早期乳がん患者に対する術後化学療法としては、ネラチニブ(商品名NERLYNX)と同じくHER2を標的とするトラスツズマブ(商品名ハーセプチン)ベースの治療が現在の標準治療である。しかし、トラスツズマブ(商品名ハーセプチン)ベースの術後化学療法は1年以上継続する時点から再発の危険性が高くなる患者も存在することが明らかになっている。
そのため、HER2陽性乳がんに対するトラスツズマブ(商品名ハーセプチン)ベースの術後化学療法を1年間投与した後の治療としてネラチニブ(商品名NERLYNX)を投与する臨床的意義が、米国食品医薬品局(FDA)に認められたという事実は今後のHER2陽性乳がんの治療成績の向上に寄与することになるだろうと筆者は考える。
HER2陽性早期乳がん患者に対する追加の術後化学療法としてネラチニブ(商品名NERLYNX)の有用性が認められた科学的根拠は、第3相プラセボ対照二重盲検比較試験(ExteNET試験:NCT00878709)の結果に基づいている。
本試験はトラスツズマブ(商品名ハーセプチン)ベースの術後化学療法を受けたHER2陽性乳がん患者2840人に対して、ネラチニブ(商品名NERLYNX)を1年間投与する群を1420人、又はプラセボを1年間投与する群を1420人と、無作為に1対1の割合で振り分け、主要評価項目である浸潤性疾患のない生存期間(iDFS)を比較検証した臨床試験である。
本試験における浸潤性疾患のない生存期間(iDFS)とは、患者を無作為化した日から治療薬投与終了後のフォローアップ期間である2年間と28日の間に最初の浸潤性乳がん、遠隔再発乳がん、いかなる理由であれ発生した死亡が確認されなかった期間である。
その結果は、ネラチニブ(商品名NERLYNX)を1年間投与する群の浸潤性疾患のない生存期間(iDFS)が94.2%であるのに対して、プラセボを1年間投与する群が91.9%、ハザードリスク(HR)は0.66(95% 信頼区間0.49〜0.90,p=0.008)であり、ネラチニブ(商品名NERLYNX)群がプラセボ群と比べて浸潤性疾患のない生存期間(iDFS)を2.3%有意に改善することが判った。
有効性がプラセボ群に優れる一方で、ネラチニブ(商品名NERLYNX)群で生じた一般的な副作用(5%以上発症)としては、下痢、悪心、腹痛、疲労、嘔吐、発疹、口内炎、食欲減退、筋痙攣、消化不良、ASTまたはALT増加、皮膚乾燥、腹部膨満感、尿路感染症などが挙げられた。
一般的な副作用の中でも特に下痢は16.8%の患者において投与中断の原因となっているため、ネラチニブ(商品名NERLYNX)を投与する際に懸念される有害事象である。そのため、本試験では実施されなかったが、ネラチニブ(商品名NERLYNX)を投与する最初の2サイクル(1サイクル28日)時にロペラミド(商品名ロペミン)等の下痢止めを投与することが臨床では必要とされるであろう。
なお、現在進行中のネラチニブ(商品名NERLYNX)の第2相(CONTROL試験)では、ネラチニブ(商品名NERLYNX)投与前に下痢の予防療法を実施することで、投与中止に至るような下痢の発症は防げることが示唆されている。
以上のように、HER2陽性早期乳がん患者に対するトラスツズマブ(商品名ハーセプチン)ベースの術後化学療法後の術後化学療法としてネラチニブ(商品名NERLYNX)の有用性が認められたことは、HER2陽性乳がんの治療成績を向上させることになるであろう。
しかし、下痢をはじめとした副作用により患者のQOLが低下しては、ネラチニブ(商品名NERLYNX)による有用性を享受できなくなる可能性がある。ネラチニブ(商品名NERLYNX)はトラスツズマブ(商品名ハーセプチン)と違い投与経路が注射でなく経口薬であることからも、患者にとって利便性が非常に高い治療薬であり、今後さらなる適応拡大が期待されている。そのためにも、下痢をはじめとした副作用を厳格に管理しながら、ネラチニブ(商品名NERLYNX)の有用性が臨床で享受されていくことを筆者は期待する。
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記事:山田 創