・乳がんの民族多様性についての研究
・加齢による増加ではなく、乳がんの発生数自体が増加している
・リスクとして内因性のホルモン因子と環境問題の両方が考えられる
昨今、アジアで乳がんが急速に増えている。これは、乳がんの検診やスクリーニング検査が普及したことで早期発見される例が増えたことが反映されているが、加えて、生活習慣や環境因子の変化も影響していると考えられている。
アジア人集団における乳がんの予防や治療戦略を向上させるため、疫学や腫瘍の特徴、民族的、生物学的差異などを把握しておくことが重要である。だがその解析に用いられるデータは、これまでのところ、西欧の患者、被験者のものが大半を占めている。
そこで、シンガポール国立大学がんセンターのSoo-Chin Lee氏は、臨床試験や実臨床の過去の研究報告からデータを収集、分析し、乳がんの民族多様性についてまとめた。同研究成果は、2019年5月16日のJAMA Oncology誌オンライン版に掲載された。
目次
アジアにおける乳がん急増の実態
2018年に発表された185カ国の36がん種の発生率と死亡率に関する報告「GLOBOCAN 2018」によると、10万人あたりの乳がん発生率は、東アジアでは39.2人、東南アジアでは38.1人で、北米や欧州、オーストラリア、およびニュージーランドの半分以下であった。
米国では、1990年から2008年の間に、乳がん発生率がほぼ横ばい、または減少していた。一方で、東アジアではその間に増加の一途をたどり、シンガポールと中国都市部での増加率は2%を超え、中国の地方部と日本では5.5%から6.0%の増加率を示した。
特に日本では、乳がんスクリーニング検査を受ける女性の割合が、2007年が24.7%、2011年は30.6%に上昇したこともあり、この伸びとともに、早期ステージの乳がん、並びにホルモン受容体陽性乳がんの患者数や割合も増加した。
日本に限らず東アジア各国で乳がんスクリーニング検査を受ける人が増え、そのデータの収集・処理技術が向上したことで、かつてないほどの乳がんの増加が明らかな数字として表れた。そして、韓国、台湾、およびシンガポールでは、過去数十年での乳がん患者数が40歳未満と40歳以上の年齢層別に差がないことから、加齢による増加ではなく、乳がんの発生自体が増加していることは明らかである。
アジア人と西欧人で比較した乳がんの性質
東アジアで発生する乳がんの特徴は、西欧諸国と比べ、全般に若い人に多いこと、ルミナルB型(ホルモン受容体陽性、HER2陽性・陰性は問わない、免疫組織化学染色Ki67高値)とTP53変異が多いこと、微小環境における免疫活動性が高いことなどであった。免疫環境が活発な状態とは、腫瘍に浸潤しているリンパ球が多く、トランスフォーミング増殖因子(TGF)のシグナルが抑制されていることである。
乳がんリスクに寄与する生殖細胞遺伝子変異や1塩基多型(SNP)の分布は民族によって異なることも分かった。また、ある種の細胞障害性抗がん剤や分子標的薬に対する忍容性の民族差は、薬理遺伝学的要素と関連している可能性があり、それとは別に、東アジアの女性は西欧女性より体格が小さいため、固定用量を投与する薬剤の場合に毒性が強く現れる可能性も考えられた。
乳がん治療薬の効果と毒性の民族差
乳がんの治療に用いられている細胞障害性抗がん剤、ならびにホルモン療法剤について、治療反応の民族差を調べた複数の研究報告があり、タモキシフェン、エキセメスタン、カペシタビン/フルオロウラシル、およびドセタキセルが挙がっている。薬物動態や代謝に関わる遺伝子のタイプ、変異などによって治療成功率が左右される可能性、あるいは毒性に強弱があることが示された。
例えばタモキシフェンは、代謝に関与するCYP2D6遺伝子によって、代謝が速い人、遅い人、中程度の人に分かれ、中程度の人は効果を得やすく、遅い人は治療の成功が見込めない可能性が高いことが示された。アジア人の35%から40%は中程度で、遅い人は非常に少なかった。一方、白人で中程度の人は極めて少なく、遅い人は25%、速い人は約70%を占めた。
さらに、乳がんの治療に用いられている分子標的薬の忍容性に関する民族差が解析された薬剤は、トラスツズマブエムタンシン、ネラチニブ、エベロリムスの他、サイクリン依存性キナーゼ阻害薬が挙がっている。例えばトラスツズマブエムタンシンは、グレード3以上の血小板減少症のリスクがアジア人でわずかに高いとされ、エベロリムスの全般的な安全性プロフィールはアジア人、非アジア人で同様であるものの、併用薬の種類によっては間質性肺疾患がアジア人で多く認められたとする臨床試験報告もあった。
アジアで乳がんが増えている原因を探索
いくつかの研究報告では、台湾と日本の乳がんは、50歳未満が50歳以上と比べ、エストロゲン受容体(ER)またはプロゲステロン受容体(PR)陽性の乳がんの割合が高く、トリプルネガティブ乳がんの割合が低いことが示されている。韓国では2000年から2013年にかけて若年の乳がん患者が増加し、その多くはホルモン受容体陽性で、HER2陰性乳がんであった。他のサブタイプの乳がんの発生率に変化はなかった。
これらのことから、乳がんリスクとしてホルモン因子が根底にある可能性がある。その背景にあるのは、初潮年齢が低い、出産経験が少ない、初産の高齢化、体格指数(BMI)の上昇などである。東アジア女性の子宮や卵巣の類内膜がんが急激に増えていることもエストロゲンの曝露と関係しており、リスクのホルモン仮説を裏付けている。一方で、脂肪や動物由来の食事の摂取量増加といった食事の要因も考えられた。
こうした内因性のホルモン因子とは別に、アジア地域では都市化と工業化で生じる環境汚染物質への曝露増も乳がんリスクとして指摘されている。例えば、プラスチック関連製品の原料に用いられ、一部食品にも含まれる界面活性剤の1つであるノニルフェノールの場合、知らずに摂取している1日あたりの量が、台湾ではドイツの4倍、ニュージーランドの8.5倍にのぼるという。他の物質も含め、リスク増につながり得る環境物質の影響も詳細に解析することが急務である。