がんによる症状や治療によって、外見が変化し、外出したくなくなったり、職場や家族との人間関係がおかしくなったりして人知れず悩んでいないだろうか。国立がん研究センター中央病院・アピアランス支援センターが、男性向けのアピアランスケアガイドブック『NO HOW TO(ノーハウツー)』を発行し、ホームページ上で公開した。女性向けのものは複数発行されているが、男性向けは初めて。
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男性も外見の変化で悩んだら声に出し相談を
抗がん剤、放射線治療、手術によって、髪、まつ毛、眉毛、爪、顔などが変化し、職場や家族との関係が変化したり自尊心が低下したり、苦痛を感じる人は少なくない。
一般的に男性は、女性に比べて外見を気にしないイメージがある。しかし、国立がん研究センター中央病院・アピアランス支援センターが男性がん患者に対して実施した調査(1000人中823人が回答)では、「外見が男性の仕事における評価に影響を与えると思いますか」との問いに、約60%が「そう思う」と答えた。65歳未満に限定すると、その割合は71%とさらに高率になる。
「仕事中に今まで通り装うこと(外見を以前と同じようにみせること)は重要だと思いますか」との問いにも、男性がん患者全体では約65%、65歳未満に限定すると約74%が「そう思う」と回答している。
国立がん研究センター中央病院・アピアランス支援センター長の野澤桂子氏
「根強い性役割意識から、男性は、『悩んでいる自分が嫌だ』、『隠したくなること自体嫌だ』、『女性がやる化粧で隠すなんてますますみじめで耐えられない』と考えやすい傾向があります。今回、男性をターゲットにしたのは、男性も悩んでいいし声に出していい、相談してくださいと伝えたかったからです」。国立がん研究センター中央病院・アピアランス支援センター長の野澤桂子氏は、男性向けアピアランスケアガイドブック『NO HOW TO』を作成した理由をそう説明した。
テクニックで解決できない問題が外見の悩みの裏にある
「はじめて毛が抜けたとき、大声で泣いた。男は見た目が大切、と思ってきた。人の前に立つ機会が多かったから、もう、人に会えない。もう立ちたくない。それが、スタート地点だった(60代男性)」
「抗がん剤の影響で、見た目が変わる。そんなことよりも、まず自分はがんとどう向き合えるか。それが解決しないかぎり、見た目なんてどうでもいい(60代男性)」
「爪に副作用が出る治療は、点滴中に爪を水で冷やした方がいいと聞いた。やってみると、そのあと、副作用でおこる爪の炎症が軽く済んだ。事前に聞いておいてよかった(50代男性)」--。
同ガイドブックには、インタビューによって収集した、男性患者たちの本音が詰まっている。
ガイドブックのタイトルをあえて、『NO HOW TO』にしたのは「あなたのやり方、生き方に、たった1つのHOW TOなんてないと伝えたかったから。テクニックでは解決できない問題が、外見の悩みの裏にはあります」と野澤氏。
自分で選択・工夫しやすいように、外見の変化により直面する仕事や人間関係、気持ちや生き方に至る様々な問題への対処について、男性患者の声を多数紹介している。また、肌の保湿ケア、薬で顔が黒くなったとき、ウィッグについてなど、最低限知っておくと役立つ知識も盛り込まれている。
モデルの1人として、同ガイドブックの作成に参加した佐藤慎之介氏(22)は、2018年にリンパ腫と診断された。医師から勧められた治療を受ければ脱毛すると知り、「それなら治療を受けたくない」と抵抗したが、アピアランス支援センターで相談し、治療を受ける気になったという。
記者会見に参加し体験を語った佐藤慎之介氏(右)
ガイドブックには、「ウィッグしている自分も、ウィッグしていない自分も、自分でしょ」とのメッセージを載せた。佐藤氏は、「本当は治療によって自分が変わってしまうのではないかと怖かった」と語った。
同センターの研究から、外見の変化がもたらすものは、病気・死の不安、自分の姿の違和感、外見から病気だと知られて今まで通りの対等の関係でいられなくなってしまう不安が本質的にあることが分かってきた。
アピアランスケアのゴールは患者さんと社会をつなぐこと
「自分らしさの喪失や他者との対等な関係性が変化する不安、これは老若男女不問です。私たちのゴールは、患者さんと社会をつなぐこと、家族を含む人間関係の中で、今まで通りその人らしく生き生きと過ごせるための支援をすることです。がんによる外見の変化で失った、生活や人生に対するコントロール感を取り戻そうというのがガイドブックの狙いです。その方法に正解なんてありません。自分で選択することが重要です。小さい積み重ねが生きる自信につながっていきます。男性も一人で悩まず、もしも外見の変化で困っていたら相談してください」と野澤氏は強調する。
同センターでは、男女を問わず適切な患者支援が全国に行き渡るように、2012年から全国のがん診療拠点病院の医療者を対象にした「アピアランスケア研修会基礎編・応用編」を開催している。2020年1月現在、この講座を修了した医療者は全国に550人。全国のがん診療連携拠点病院のがん相談支援センターなどで患者の外見の変化に関する悩みに対する相談体制が構築されつつある。
なお、男性向けアピアランスケアのガイドブック『NO HOW TO』の電子ブック版は、同センターのホームページからダウンロードできる。
さらに、同センターは、基本的な肌の手入れ、頭髪の脱毛、眉毛やまつ毛、ひげの脱毛、爪の問題、色素沈着や手術の傷跡のカモフラージュ法をまとめた別冊『KNOW HOW TO』を2月中旬に発刊し、ホームページ上で公開する予定だ。
(取材・文/医療ライター・福島安紀)