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「高齢者のがん治療を安全・効果的に遂行するための取り組み」とは?

第18回日本臨床腫瘍学会学術集会JSMO2021のシンポジウム2「高齢者のがん治療を安全・効果的に遂行するための取り組み」が、2月18日、オンライン開催された。国立がん研究センターの「最新がん統計」によると、全国で2017年にがんと診断された97万7393人のうち74.5%は65歳以上の高齢者で、その割合は年々増加している。このシンポジウムでは、がん治療医、認知機能の低下した高齢者の意思決定などをサポートする精神腫瘍医、薬剤師、理学療法士、多職種連携を進める看護師が、それぞれの立場から「高齢者のがん治療を安全・効果的に遂行するための取り組み」を発表した。

目次

「高齢者機能評価(GA)」の結果で最適な治療を検討

 「従来は、高齢者をまとめて特別扱いしていましたが、非高齢者と同じ薬物療法ができるかどうかは、年齢やPS(全身状態)だけでは判断できません。最近は、高齢者はもともと多様で個体差が大きいという前提で、その多様性を評価し、それぞれに最適な治療をする方向になっています」

 名古屋大学医学部附属病院化学療法部教授で、『高齢者のがん薬物療法ガイドライン』作成委員長を務めた安藤雄一氏は、「高齢者のがん治療」と題した基調講演の中で、そう解説した。


(安藤雄一氏)

 65歳以上の高齢者796人に高齢者機能評価(GA)を実施した研究では、PSが良好でも、「激しい運動ができない」「1~2km歩くのは困難である」「階段を2~3階上がるのは難しい」など69%の人に何らかの機能低下がみられた。GAでは、認知機能、併存疾患、栄養状態、社会的サポート、使用している薬剤などを総合的に評価する。何らかの機能低下がある人は、薬物療法など負荷がかかったときに副作用が強く出るなどの問題が出やすいため、抗がん剤の減量を行うかどうか慎重に判断する必要がある。

高齢者のがん治療は多職種でのサポートが重要

 ただ、すべての高齢者にGAを行うと時間がかかる。そこで、詳しい機能評価が必要かどうかを判断するためにまずは、G8(下表)などの簡易版のスクリーニングツールが用いられている。G8は、食事量や体重減少の有無、自力で歩けるか、精神状態などを簡単に評価するツールだ。G8が14点以下なら、さらに詳しい高齢者機能評価を行う。逆に言えば、G8で15点以上の人は、高齢でもPSが良好で臓器機能に問題がなければ標準的な薬物療法を行える可能性が高まるわけだ。

 安藤氏は、完治は難しいが薬物療法の対象になる70歳以上の患者さん718例を「GAの結果を通知した介入群」と「GAの結果を通知しない対照群」に分けて比較した研究を紹介した。この研究結果は昨年の米国臨床腫瘍学会(ASCO)で、2つのグループで6カ月生存率には差がなかったのにも関わらず、介入群でグレード3以上の有害事象が有意に少なかったと報告された。さらに、新規に薬物療法を開始する65歳以上の固形がんの患者さん600例を対象にした研究では、GAの結果に基づいて、老年腫瘍医、看護師、ソーシャルワーカー、理学療法士、作業療法士、栄養士、薬剤師など多職種チームで介入して治療したほうが、単にGAの結果を通知しただけより、グレード3以上の有害事象が少なかったという。「高齢者のがん治療を安全に行うためには、GAの結果を通知するだけではなく、見つかった問題に対して多職種チームで介入することが重要」と、安藤氏は強調した。

服薬管理やセルフケアができるかも重要な評価ポイント

 「認知機能が低下した高齢がん患者さんの場合は、一つは、服薬管理などのセルフケアが自分でできるかどうかIADL(手段的日常生活動作:Instrumental Activities of Daily Living)の把握、もう一つは、意思決定能力の評価とそれに応じた支援が大切です」。そう指摘するのは、「高齢者がん治療と認知機能」をテーマに発表した、国立がん研究センター東病院精神腫瘍科長の小川朝生氏だ。IADLは、買い物・洗濯・掃除・料理・金銭管理・服薬管理・交通機関の利用・電話対応がどの程度できるかを点数化し評価する指標。


(小川朝生氏)

 認知症の患者さんの場合は、入院時にせん妄になるリスクが認知症ではない人の6.3倍で、転倒や合併症を生じやすいという問題もある。認知症というと、もの忘れがひどい、身の回りのことができないといった状態を思い浮かべる人が多いかもしれない。しかし、実際には、身の回りのことができなくなって周囲の人が認知症に気づくような状態になる前に、「服薬管理ができない」、「食事の準備ができない」などIADLが低下し、低栄養になるといったことが生じ始めるという。低栄養になると身体機能が低下し、標準的ながん治療ができないといった問題に直面する。

 「認知症は社会生活が営めない状態であり、診断としてはIADLの低下が一つの目安になります。一番大事なのは、治療中に身体機能、精神機能を落とさないこと。そのためには、疼痛コントロールと食事の管理がポイントになります」。そう話す小川氏は、認知症だからといってがん治療が受けられないわけではなく、IADLの低下がみられるときには治療や日常生活が続けられるように多職種でサポートする必要性を強調した。

認知症でも可能な限り本人が意思決定できるように支援を

 もう一つ、小川氏が高齢者のがん治療における日本の医療の課題として挙げたのが、意思決定能力が低下したがん患者さんのサポート体制だ。がん治療は選択の連続であり、告知を受けたときから、「治療を受けるか受けないか」「どのような治療を受けるか」「療養場所はどうするか」など、患者さん自身がさまざまな意思決定をする必要がある。しかし、意思決定能力が低下している患者さんは少なくない。国立がん研究センター東病院で進行肺がんと診断された患者さん114人(平均年齢64.9歳)を対象にした研究では、認知機能の低下やうつ状態などによって、24%に意思決定能力の低下がみられたという。

 「例えば認知症の患者さんだと、医療者と家族が話し合って決めてしまうという場面が多くあります。しかし、日本が2014年に批准した障害者権利条約(障害者の権利に関する条約)に則って、国は意思決定のノーマライゼーション(個人としての尊厳を重んじ、その尊厳にふさわしい生活を保障する)を進めています。認知症の人など意思決定能力が低下している人でも、治療方針や療養場所は本人の生命や身体など他には代えようのない重要な事柄であり、可能な限りご本人が決められるように支援していく必要があります」と小川氏。

 国は、ノーマライゼーションを進め、自己決定権を尊重するために、「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」「身寄りのない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン」「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」など、5つのガイドラインを作成している。小川氏らのグループは、昨年、「高齢者のがん診療における意思決定支援の手引き」を作成し、国立がん研究センター先端医療開発センターのホームページ(https://www.ncc.go.jp/jp/epoc/division/psycho_oncology/kashiwa/research_summary/050/isikettei_pnf.pdf)で公開している。医療者向けだが、高齢がん患者さんの家族にも参考になる内容だ。周囲の支援者には、自分の価値観を押しつけず、患者さん本人が理解しているか確認する姿勢が求められる。

(小川朝生氏発表資料より)

(取材・文/医療ライター・福島安紀)

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第18回日本臨床腫瘍学会学術集会(JSMO2021)プログラム

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