3月9日、慶應義塾大学は、手術で摘出した卵巣がん組織における活性硫黄種のひとつである「ポリスルフィド」を検出することに世界で初めて成功し、ポリスルフィドが高い値の症例では白金製剤などによる術後の化学療法の効果が低下し、長期予後が悪化することを明らかにしたと発表した。
この研究は、慶應義塾大学病院臨床研究推進センター、日本医科大学、国立がん研究センター研究所、防衛医科大学校ら研究グループによるもの。研究成果は2021年3月2日に科学誌『Redox Biology』で発表された。
卵巣がんの治療は、術後化学療法としてシスプラチンなどの白金製剤を投与することがある。しかし、術後化学療法の効果には個人差があり、化学療法に対する抵抗性の指標となるバイオマーカーの探求、薬剤抵抗性のメカニズム解明、抵抗性を解除する新たな治療法が求められている。
今回、研究グループは、卵巣がん症例(N=182例)の摘出組織を免疫組織マイクロアレイ法を用いて解析を実施。その結果、シスタチオニンγ-リアーゼ(CSE)という酵素が白金製剤など術後化学療法が効きにくく、予後が不良な症例で高く発現していることが明らかになった。
薬剤抵抗性を示す組織型は明細胞がん(CCC)が多いが、CCCにおけるCSEの発現量にはばらつきがあるため、個々の症例における生命予後の正確な予測は困難であった。
次に、研究グループは、国立がん研究センター・バイオバンクに蓄積されている卵巣がんの組織検体を表面増強ラマン散乱イメージング(SERS imaging)という技術を用いて解析。その結果、CCCにおいて、がん細胞集塊部や周囲のがん間質部で、ポリスルフィド(PS)が高発現することが判明した。
PSはCSEが生成する主要な代謝物質のひとつ。ヒトの固形腫瘍でPSが高値を示す症例は化学療法抵抗性を示すことが今回、初めて明らかとなった。
さらに研究グループは、去痰薬であるアンブロキソールに、PSの分解作用があることを明らかにした。ヒト由来の卵巣がん細胞株でPSが高い株では、シスプラチンを単独で投与したときは細胞死が起こりにくいが、アンブロキソールを添加すると細胞死が誘導されることも発見されたという。
今回の発見から、卵巣組織をSERS imagingで分析することで、PSが高値の患者を識別することが可能になった。また、PS高値症例に対して白金製剤とアンブロキソールを併用することで、治療薬に対する耐性を解除し、腫瘍の退縮効果を強める可能性が示唆された。こうした薬剤併用による抗がん剤の主作用の増強は、卵巣がんの術後化学療法の予後を改善する可能性があり、今後の展開が期待される。
免疫組織マイクロアレイ法とは
縦横に並べた多数のサンプルから発せられるシグナルを一括にして梗塞にタンパク質の発現を解析する技術
シスタチオニンγ-リアーゼ(CSE)とは
シスタチオニンをシステインに変換する酵素。細胞の酸化ストレスを軽減するグルタチオン、ヒポタウリン、硫化水素、ポリスルフィドなどの生合成にも直接関与する。
参照元:
慶應義塾大学 プレスリリース