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がん体験者の夫 山下秀也さん

今回、がん体験者である奥様と一緒にインタビューに参加してくださった山下さん。結婚1年目という新婚生活のさなか、妻にがんが見つかりました。夫の立場からどのようにして支えていったのか、当時を振り返りながら語っていただきました。

名前:山下秀也さん
年齢:51歳
性別:男性
居住:神奈川県
職業:大手自動車メーカー
がん体験者(妻)のご家族(夫)

 

目次

Q 奥様にがんが見つかったときの状況を教えてください

私が妻(山下恵子さん)と結婚して1年程経った頃に、妻が急に下血をして体調を崩しました。これはちょっとただ事ではないなと思い、すぐに近くの大学病院に検査に行きました。

初診の結果でほぼ間違いなく「直腸がん」と診断され、妻よりも先に私が告知を受けました。その後にも正式な検査は色々と行いましたが、結婚1年目で妻ががん患者という立場になりました。

私が34、35歳の時のことです。

Q 奥様ががんになったことで環境の変化や、仕事への影響などはありましたか?

がんの告知があった後よりも、妻が入院をした後ですね。自分の中で「何があろうと毎日面会に行く」ということは心に決めました。どんなに仕事が忙しかろうが、どんなに天候が荒れようが、必ず毎日行くということを自分で決め、それに向かって出来ることをやってきました。

私にとって1番、人の温かみを感じて有り難かったのは職場の支援です。会社には、妻が直腸がんにかかり人工肛門を取り付ける手術をすること、ステージも進んでいたので5年生存率60パーセントであることを伝え、「今はそういう状況なので、これから数か月間は毎日定時で帰らせて貰えないか」というお願いをしました。

職場の対応は非常に温かく、快く了承していただけました。チームで仕事をしていたのですが、5時半以降の仕事がある場合はチームのメンバーが代わりに対応を行ってくれたりしました。

職場の支えがあってこそ、毎日面会に行くということが出来ました。それによって妻を支え続けることができたと思っています。

Q 職場に奥様のがんについて伝える事に抵抗はありませんでしたか?

職場に伝えた時に「それは困る」という話が出るかもしれないとは考えましたが、毎日面会に行きたいという希望があったので、とにかく「定時で帰らせて欲しい」と伝えました。そうしたら、意外にも理解がある人達が多く「分かりました」「了解しました」と言って頂けたのは有り難かったです。

Q 毎日面会に行くというのは大変なことだと思いますが…

本人の気持ちになりかわることは出来ませんが、本人にとって何が1番心が安らぐのかということを考えました。
例えば「洗濯物が溜まったから面会に行く」というような用事があるから面会に行くということだけではなく、用事があっても無くても毎日決まった時間に顔を出すことで、病院に入院していても定常化するというか…日々変わらない毎日が続いていくということが1番安心するのではないかなと思ったので、そういう行動をとりました。

Q 医療について当時、何か感じた事はありますか?

最初にかかったお医者さまに特に何か不満があるという訳ではありませんでしたが、ただインフルエンザ等とは訳が違うので、直腸がんのステージ3で5年生存率60パーセントという事実を突き付けられたときに「じゃあよろしくお願いします」と、そのまま言えるかということです。

やはり本人もそうだとは思いますが、家族として最大最高の選択をしたいということを自分に問いかけました。そう考えた際に、いくつかの病院で色々な知見を聞いてみたいなとは思いました。しかし、その為には再度辛い検査をしなくてはいけないというのもありました。いくつかの病院を回るつもりではいましたので1件程小さな病院にも行ってみましたが、やはり検査は必要ということでしたのでそれは諦めました。

今はもう普通になっているのかもしれませんが、当時は「セカンドオピニオン」という言葉だけが先行していた時代でした。そのときに思ったのは、カードみたいなものにカルテのデータが入っているものを個人として持つような仕組みがあって、それを提示する事で再度検査を受けることなく色々な病院でお話が聞けるというような制度があったらいいなと思いました。

Q がん患者の夫という立場からのメッセージをお願いします

私の場合「がん患者」本人が置かれている精神的な状態や環境と「その家族」として置かれている精神的な状況や環境は少し違うと思っています。がん患者の親というのはやはり肉親で血が繋がっているし、ショックはかなり大きいです。しかし、パートナーである旦那としては、もちろん妻ががんということでショックではあるのですが、少し違った立場で冷静に物事が見られると思っています。

その為、身近の大切な人が「がん」になったときには、がん患者と同じ心境で悲しんで落ち込んで頑張ろうねというのは1日だけにして、残りの日にちはがん患者本人に出来ないことをやってあげることが大切なのではないでしょうか。

私の場合は、徹底して「がん」のことを知らべることをしました。それと大切なのは、物事をあいまいにしないということです。

本人は直面している問題から逃げたくなります。本人の気持ちを考えたら、それはもう当然のことだと思いますので、逃げたらだめだよというのではなく、逃げたら私が前に出てあいまいな部分をひとつずつ消していくということをやりました。

そうやって「がん患者」にしか出来ないことと「家族」でなければ出来ないことを分けて、冷静に考えることで私の場合は「がん」がもつ漠然とした暗いイメージ、死と直結するというイメージのようなものが、どんどんクリアになっていくという体験をしました。

是非、周りにいる人達は、納得出来るまで調べて、物事はあいまいにせずに突き詰めていくということが出来るといいのではないかなと思いました。

Q 奥様の動揺している姿を見てどのようにされましたか?

結婚して1年目でこのようなことになってしまい申し訳ないという気持ちが、私だけではなく私の親に対してもあったでしょうし、動揺が隠し切れなかったように思います。ただ、そういう姿を見れば見るほど自分がしっかりしなければ、自分が冷静にならなければと思い、ときどきは「負けるな」と厳しい言葉もかけました。あまり甘い言葉をかけなかったような気がします。

Q 患者会など、がん患者や家族の方との交流はありましたか?

私はそういう交流はほとんどしなかったです。彼女は人工肛門の手術をして、がん患者で障害者という位置づけにはなりましたが、当時はむしろそっちの世界の中には、行ってはいけないというような思いがありました。健常者と同じ生活が出来るのであれば健常者と同じ世界の中にいれば良いと考え、必要な情報があればそういうネットワークを通じて本人が情報を得ればいいと思っていました。

よって、私はがん患者の家族の方と直接お話をしたり、情報をそこから得たりしたということは一切ありませんでした。

Q 今でも当時のような考え方に変化はないですか?

今だからなのかもしれませんが、このようなインタビューや『CNJ(キャンサーネットジャパン)』のイベントなど、色々な形で参加をしたりするようになったのはここ数年のことです。しかし、実はそんなこだわりを自分が持つ必要は無かったのではないかなという様に考え方が変わりつつあります。

実は本には載っていない情報を、私達は意識していないけれど知っていたりします。そういうことはおそらく、直接がん患者の人や家族と話しても向こうは何を聞いていいか分からないけれど、こっちはこんなことがきっと知りたいのではないかという推察がつきます。その為、当時からそういう交流があっても良かったのかなと思います。

例えば妻は、人工肛門にした時に「もう私はジーパンなんか履けないわ」と言っていましたが、今はジーパンしか履いていません(笑)。また「うつ伏せで寝るなんてありえない。絶対そんな風に出来ない」と考えていましたが、今はうつ伏せでマンガを読んでポテトチップスを食べています(笑)。そういうことは、おそらく本には書いていないことですし、一緒に生活する家族あるいは本人が分かってはいるけれど、そんな細かいことは他の人達が気にするのかなと思う一方で、実は気にしたりすることなのかなと。

情報を分け合えて、それがもし助けになるのであれば、どんどん私たちを活用して貰えればという様に考えは変わってきました。

Q 会社の仕組みや制度としてあればよいなと思うものはありますか?

制度や仕組みとして作ることはなかなか難しいですし、仕組みとして作ってもそれが機能しないケースも結構あると思います。どちらかと言うと、自分がいる職場そのものがそういう雰囲気を作れることが一番大事なことではないかなと思っています。

例えば「妻ががんなんです」というのはすごく重い事実ですが、幸せな方で例えると「妻が妊娠しました」というような、喜ばしいこともあるわけです。そういう場合でも「もう出産間際なので、1週間休ませてください」とか、「検査に行くので、この日は半日で帰りたいです」とはなかなか言い出せない職場もあるかもしれませんが、支援や助けが欲しいことを気軽に言えて、チームでそれを支えていければそれは温かい職場というか理想の職場になるのではないかなと思います。

インタビューを終えて

今回のインタビューから山下さんは奥さんのことを心から大切に思っているということがひしひしと伝わってきました。私にも妻がいますが、夫として同じようなことが出来るかというと正直なところ自信がなく、とても尊敬できると思いました。

また、治療していた当時と現在の心境の変化があったというお話は重要なポイントの一つであると感じました。体験者だからこそ知っていること、理解ができることがあり、交流により同じ境遇の方が助かることがあります。同じように「オンコロな人」でもみなさんが情報共有をできる交流の場になれるように盛り上げていきたいと思いました。いろいろな情報を提供することで、もしそれが皆さんの助けになるのなら、どんどんこの「オンコロ」を活用していただければ幸いです。

オンコロな人担当 HAMA

英也さんのお話を伺って、奥さんに対する深い愛情を感じました。
仕事をしつつ、毎日面会に行くというのはなかなか出来ることではないと思います。

恵子さんは突然のがんの告知、手術という現実に心細く不安だったと思いますが、毎日決まった時間に夫の英也さんが来てくれることで毎日の生きがいや楽しみになったのではないかと思います。

薬学ガール(白石 由莉)

山下秀和さんの奥さん、山下恵子さんへのインタビューはコチラ

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