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頭頸部がんに条件付き承認の「光免疫療法」 他のがん種や全身療法への応用を目指す臨床試験も進行中

 手術ができない局所進行・再発頭頸部がんに対するアキャルックス(一般名・セツキシマブ サロタロカンナトリム)とBioBlade(バイオブレード)レーザーシステムを用いた「光免疫療法」が、昨年9月に世界に先駆けて日本で承認され、注目を集めている。楽天メディカルジャパンは、8月25日、記者説明会を開催し、頭頸部がんの「光免疫療法」(イルミノックス治療)実施施設が9月にも全国40施設に増えると発表。同社は、イルミノックス治療の頭頸部がん以外のがん種への適応拡大や免疫チェックポイント阻害薬との併用療法治験、新たな資材の開発を進めている。同社会長の三木谷浩史氏(楽天グループ会長兼社長)は、将来的にはがんの標準治療の一つに位置づけられることを目指していく考えを示した。

目次

レーザー光でがん細胞を壊死・排除させる

 楽天メディカルが開発した光免疫療法である「イルミノックス治療」は、選択的に特定の細胞に集まる薬剤を投与した後、特定の光の波長を照射し、がん細胞など特定の細胞を壊死、あるいは排除させる。もともとは、米国立がん研究所主任研究員の小林久隆氏が見出し開発を進めていた治療法だ。

 局所進行・局所再発頭頸部がんを対象に、昨年9月に世界初承認され、今年1月に保険診療で使えるようになった「アキャルックス」は、EGFR遺伝子発現しているがん細胞を標的にする抗体薬のセツキシマブと、赤色可視光に反応する光感受性物質のIR700を結合した点滴薬。この治療では、まずアキャルックスを点滴投与し、20~28時間後にレーザー光を照射して、がん細胞を壊死・排除させる。治療後に局所再発したとしても、4週間開ければ、最大4回まで同じ治療を繰り返すことが可能だ。


楽天メディカルジャパン報道資料より

 国立がん研究センター東病院副院長の林隆一氏によると、レーザー光の当て方には、「シリンドリカルディフューザー」と「フロンタルディフューザー」の2種類の方法がある。シリンドリカルディフューザーは、針のついたニードルカテーテルを病変に刺し、カテーテルの内腔に光を発するファイバーを挿入して、腫瘍の内部からレーザー光を照射する方法だ。カテーテルの周囲約10ミリに光が届く。フロンタルディフューザーでは、皮膚の表面にある表在性腫瘍に対し、懐中電灯のような専用装置で光を当てる。照射範囲は17~38ミリまで調節できる。2つの照射方法の併用も可能だ。

照射直後からがん細胞が壊死する効果の高い治療

 頭頸部がんとは、脳の下側から鎖骨までの範囲にできたがんの総称で、具体的には、口腔、鼻腔、副鼻腔、咽頭、喉頭などに発生するがんのこと。アキャルックスを用いた光免疫療法の対象になるのは、切除不能な局所進行・局所再発頭頸部がんで、化学放射線療法などの標準治療ができる場合にはそちらを優先する。薬剤に対するアレルギーがある患者、頸動脈にがんが広がっている患者は受けられない。


国立がん研究センター東病院 林 隆一 副院長

 国立がん研究センター東病院で、切除不能な局所進行・局所再発頭頸部がんの患者に対して行われた第I相試験での奏効率は66.7%(3例中、部分奏効2例)。海外での第I/IIa試験での奏効率は43.3%(完全奏効13.3%、部分奏効30.0%)だった。実際にこの治療を実施した林氏は、「局所の殺細胞効果が非常に高い治療です。1サイクルで5~6分間、2サイクルやったとしても10~15分程度レーザー光を当てただけで、直後からがん細胞が破壊され腫瘍が壊死していくので、従来の治療とは違うという印象を持ちました。繰り返し治療できるのも利点です」と話した。

 ただし治療による有害事象もあり、その対策が重要になる。最も多いのは、病変部の腫れと痛みだが、周囲の組織の腫れによって気道がふさがれる恐れがあるときには気管切開を行って気道を確保する。痛みに関しては、オピオイド(麻薬性鎮痛薬)を積極的に使うことで軽減するという。治療時には、レーザー光による皮膚障害を防ぐために健常部分には光が当たらないようにし、アキャルックスの点滴前に抗ヒスタミン剤と副腎皮質ホルモン剤を投与することでアレルギー反応を防ぐなど副作用を軽減する工夫が行われる。治療後は、日に当たると皮膚が赤くなったり湿疹が出たりする光線過敏症になりやすいので、照射後4週間は、できるだけ戸外での活動を避け、直射日光が皮膚に当たらないようにする必要がある。

頭頸部がん「イルミノックス治療」実施施設は全国40施設

 この治療の課題について、林氏は、次のように指摘した。「課題は照射法の標準化、手技の均てん化です。定期的に実施施設で症例検討会をして情報共有をしています。手振れなどがなく安定的にレーザー照射をするための支援機器、実際に光が腫瘍に当たっているのか確認できるモニタリング機器の開発も課題です。今後症例集積と解析を行いながら、より効果的な照射法を開発していく必要があります。免疫チェックポイント阻害薬など全身療法との併用療法の開発、早期例への適応拡大、EGFRを高発現している他のがん種への適応拡大も望まれる方向ではないでしょうか」

 安全性の面から、このイルミノックス治療は、日本頭頸部外科学会認定の指定研修施設で、常勤の頭頸部がん指導医、医師要件を満たす常勤医師と常勤の麻酔医がいるなどの施設要件を満たした医療機関でのみ実施できる。新たにこの治療を始める施設では、複数例の実施経験があるなどの要件を満たした指導医の招へいが義務付けられている。

 この治療が実施できる治療医は、8月24日時点で全国に97人いる。徐々に実施施設は広がってきており、今秋には、下記38施設を含む40施設でこの治療が受けられるようになる見通しだ。楽天メディカルジャパン社長の虎石貴氏は、「最初に頭頸部がんを選んだのは、光を当てやすい部位であることが大きい。まずは、日本全国、可能な限り、この治療によって恩恵が受けられる、切除不能な局所進行・再発頭頸部がんの患者さんがアプローチできるようにしたいと考えています」と語った。


楽天メディカルジャパン報道資料より

他のがん種への適応拡大と全身療法への応用目指す

 同社はがん光免疫療法を基盤とした治療を「イルミノックスプラットホーム」と称し、3段階で開発を進めている。第1段階は、頭頸部がんのイルミノックス治療のように、局所治療の新たな選択肢を増やすこと。アキャルックスとBioBladeレーザーを用いたイルミノックス治療のグローバル展開を目指しており、現在も局所再発頭頸部がんに対する国際共同第III相試験が進行中だ。頭頸部以外のがんにも局所療法を広げる方向で、国立がん研究センター東病院では、扁平上皮がんと呼ばれるタイプの食道がんに対する第I/II相の医師主導試験が実施されている。


楽天メディカルジャパン報道資料より

 第2段階は、がんを攻撃する免疫細胞を活性化させる全身療法としてのイルミノックス治療の活用だ。「非臨床試験の結果では、免疫チェックポイント阻害薬を使用している状態でイルノミックスによる局所療法をすると、転移巣に対しても免疫の賦活による治療効果が得られる可能性があると考えられています」と虎石氏。ヒトでの効果を検証するために、やはり国立がん研究センター東病院で、切除不能な進行・再発胃がん、食道がんを対象に、免疫チェックポイント阻害薬とイルミノックス療法を併用する第I相の医師主導治験が進行中だ。米国では、再発または転移性頭頸部がんと進行性または転移性の皮膚扁平上皮がんに対する併用療法による第I/II相の臨床試験を実施中という。

 そして、第3段階は、がん免疫抑制の解除による新たな全身療法の確立を目指すこと。具体的には、がんを攻撃する力を弱めている制御性T細胞を、イルミノックス治療で壊死させて免疫機能を活性化させ、転移巣も縮小させる全身療法としての応用だ。「非臨床試験では、局所照射することで遠隔転移巣が小さくなる効果がみられています。順次、臨床試験を開始し、新たなイルミノックス治療の開発を目指したい。アキャルックスによるイルミノックス治療のさまざまながん種に対する適応拡大に加えて、それに続く薬剤及び照射機器の開発も進めています」と、虎石氏は説明した。

 

 楽天グループががん治療分野に参入したのは、三木谷氏が、膵臓がんだった父親を救いたい一心で治療を探しているときに、米国立がん研究所で光免疫療法の開発を進めていた小林氏と出会ったのがきっかけ。三木谷氏は、「個人的な野望としては、膵臓がんをイルミノックス治療で治すのが一つの目標。ただ、膵臓にイルミノックス治療をするには、クリアしていかなければならない課題があります」と膵臓がんについても言及した。楽天メディカルがグローバルながん治療のフロントランナーとなり、複数のがんの標準治療としてイルミノックス治療が位置付けられることを目指す。

 局所進行・再発頭頸部がんに限らず、イルミノックス治療がさまざまながんの治療の切り札となるのか。まずは、現在進んでいる複数の臨床試験の結果に注目したい。

(取材・文/医療ライター・福島安紀)

 

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