10月28日、国立がん研究センター研究所は、成人T細胞白血病リンパ腫(ATL)のゲノム異常の全体像を最新の全ゲノム解析技術を使用して解明したと発表した。この研究成果は同研究所分子腫瘍学分野の小暮泰寛研究員らと宮崎大学と京都大学と共同で実施されたもの。研究結果は米科学誌「Blood」に10月25日付で掲載された。
ATLはヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)への感染が原因の血液がん。世界中でも日本における発症率は高いと言われているが、発症者数は年間約1,000人と少なく、希少がんに分類され、血幹細胞移植以外に治癒の方法がない予後不良の疾患である。
近年、がんの異常遺伝子を調べるシーケンス解析が低コストで行えるようになってきた。これにより、複数のがん腫で全ゲノム解析が実施され、その発症・進行に関与するドライバー遺伝子の異常の全体像が明らかになってきており、ゲノムの変異に基づいたがん治療の最適化の可能性も着目されている。しかし、希少がんでは一連の流れが十分に整っているとは言えず、ATLにおいても構造やゲノム上の異常など、ゲノム全体における遺伝子異常はこれまで十分に解明されていなかった。
今回の研究は、海外2施設を含む計8施設、全症例数150例のATL検体と正常検体を採取し、国内で開発された解析ソフトウェアを組み合わせて全ゲノム解析を実施。66例においてはRNAシーケンス解析も行った。
その結果、56個のドライバー遺伝子を同定し、ATLの新規ドライバー遺伝子としてCIC遺伝子を見出した。CIC遺伝子では患者の33%で機能喪失型の異常を認め、CIC遺伝子の長いアイソフォームに特異的な異常(CIC-L異常)が特徴的だったという。さらに、マウスモデルの解析により、Cic-Lの異常がATL発症の仕組みと関連していることが示唆されたとしている。
また、別のATL新規ドライバー遺伝子としてREL遺伝子も確認。ATLにおいてREL遺伝子の後半が欠損する構造異常が13%の患者で生じており、REL遺伝子の構造異常はびまん性大細胞型B細胞性リンパ腫でもATLと同様に高頻度に認められることが判明した。この異常によりREL遺伝子の発現量が高くなり、他のタンパクと協調してNF-κB経路を活性化させることで、腫瘍化を促進すると考えられるという。
加えて、ATLにおけるタンパク非コード領域の変異の意義について検討したところ、特にスプライス部位の変異は免疫関連遺伝子を中心に繰り返し生じていたという。これらの変異は実際にスプライシング異常の原因となり、ATLのドライバーと考えられるとしている。
さらに、今回の全ゲノム解析で明らかになった遺伝子異常の情報を用いて、ATL患者が二群に分類できることが判明。この二群は臨床所見が異なり、臨床病型と独立して予後を規定することも見出した。
国立がん研究センターはプレスリリースにて、「本研究により蓄積された全ゲノムシーケンスデータは、今後ATLの診断および治療戦略を改善するための基盤となることが期待されています。我々は今後もゲノム解析の技術革新を図り、さらなる発がんメカニズムの全容解明を目指します。さらにはその技術を臨床現場に応用していけるよう取り組んでまいります」と述べている。
構造異常とは
構造異常は、ゲノムDNAに生じる異常のうち、長さが数十塩基対以上のものや、染色体をまたいだ異常を指す。欠失、タンデム重複、逆位、転座が構造異常の代表的なものである。
アイソフォームとは
単一の遺伝子から類似した複数のタンパクを生じることがあり、それらをアイソフォームと呼ぶ。
スプライシングとは
DNAから転写されたRNAのうち、タンパク合成に不要な部分を除き、エキソンと呼ばれる必要な部分を連結する反応のこと。スプライシングが生じる部位は決まっており、スプライス部位と呼ばれる。
全エキソン解析とは
タンパク合成を行うエキソンと呼ばれる部位に限定したゲノム解析のこと。タンパクに翻訳されるため機能的に重要であり、大部分のがんはエキソン領域の変異と関連しているといわれている。全ゲノム解析に比べてコストパフォーマンスに優れている一方、解析から除外されたタンパク非コード領域で生じた異常を同定することは困難という限界もある。
参照元:
国立がん研究センター プレスリリース