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【集中連載・がん治療の革命?! プレシジョン・メディシン(高精度医療)①】 国立がんセンターを中心に進む全国プロジェクト「SCRUM-Japan」(上)

 次世代シークエンサーを使って、がんの組織の遺伝子変異(異常)を調べ、一人ひとりの患者に最適な薬を選ぶ「プレシジョン・メディシン」が、昨年11月に、「NHKスペシャル」で紹介され反響を呼びました。日本では現在、国立がん研究センター東病院を中心に「SCRUM-Japanスクラム・ジャパン)」と呼ばれるプレシジョン・メディシンのプロジェクトが進んでいます。スクラム・ジャパンとはどういうプロジェクトなのか、がんの患者が参加するにはどうしたらよいのか、事業代表者としてプロジェクトを統括する国立がん研究センター東病院長の大津敦先生にインタビューしました。

目次

全国遺伝子スクリーニングで患者の選択肢を増やす

 SCRUM-Japan(スクラム・ジャパン)とは?

大津先生 がんの患者さんの病変から採取した組織の遺伝子異常を調べ、それぞれの遺伝子異常に合った治療薬や診断薬の開発を目指す日本初の産学連携全国がんゲノムスクリーニング・プロジェクトです。2013年に、希少肺がんの遺伝子スクリーニングネットワーク「LC-SCRUM-Japan」、14年に消化器がんの遺伝子スクリーニングネットワーク「GI-SCREEN-Japan」を開始しました。現在、全国約240医療機関と製薬企業15社が参画しています。

 例えば、肺がんでは、EGFRALKのような「ドライバー遺伝子」と呼ばれるがんの増殖や進展に関わる特定の遺伝子異常が見つかっており、そのドライバー遺伝子をターゲットに設計された分子標的薬保険診療で患者さんの治療に使われています。他にも、肺がんでは、ROS1RETMETなどのドライバー遺伝子が見つかっています。ところが、そういったドライバー遺伝子のある患者さんは、それぞれ非小細胞肺がんの1%くらいしかいない希少肺がんです。

 その一つであるRET融合遺伝子は、国立がん研究センター研究所ゲノム生物学研究分野の河野隆志分野長らが、2012年に同定したドライバー遺伝子です。RET肺がんは、非小細胞肺がんの1~2%と非常に少ないので、全国的に遺伝子スクリーニングしないと治験に協力してくださる患者さんも見つからないということでスタートしたのがスクラム・ジャパンです。全国的な遺伝子スクリーニングを行うことで希少肺がんの患者さんを集め、医師主導治験を行い、効果と安全性が認められれば、新しい薬の開発につなげたいと考えています。患者さんの遺伝子変異にあった個別化治療が最も進んでいる肺がんでも、有効性が証明され保険で使えるようになっている薬は全体では少ないのが実情です。できるだけ迅速に対象となる患者さんを集め、保険で使える薬を増やしていければと思います。

 がん種別ではなく、今後はドライバー遺伝子別のプレシジョン・メディシンが進むという見方もありますが、そうなっていくのでしょうか。

大津先生 同じドライバー遺伝子があったとしても、臨床試験を実施して検証してみないと、別のがん種でそのドライバー遺伝子をターゲットにした分子標的薬が効くかどうかは分かりません。ドライバー遺伝子別の治療選択ができるかどうかはケースバイケースです。例えば、BRAFというドライバー遺伝子があって、皮膚がんの一種であるメラノーマ(悪性黒色腫)ではBRAF遺伝子変異のある人の約8割の人にはBRAF阻害薬のベムラフェニブが効くのですが、大腸がんでBRAF変異のある人にはほとんど効かないということが分かってきました。

 ALKは肺がん以外のがんにも見つかっているのですが、ALK阻害薬のクリゾチニブ(商品名:ザーコリ)が、ALK融合遺伝子のある胃がんや大腸がんにも肺がんと同じように効くかどうかは実際に患者さんに投与してみないと分からないのです。そうしないと高価な薬が無駄になりますし、効きもしないのに副作用だけ起こることになってしまいます。実際には、ALK融合遺伝子のある胃がんの人が、自由診療でクリゾチニブを投与してもらうことが可能ですが、遺伝子スクリーニングでドライバー遺伝子が見つかった人には、そのドライバー遺伝子をターゲットにした薬の開発をするための治験があれば、そこに参加するかどうか検討してもらって、効果と安全性が確認されたら迅速に承認申請につなげていきたいというのがスクラム・ジャパンの趣旨です。

 がんの患者さんがスクラム・ジャパンに参加するにはどうしたらよいのですか。

大津先生 スクラム・ジャパンのホームページ(http://epoc.ncc.go.jp/scrum/)では、LC-SCRUM-JapanとGI-SCREEN-Japanの参加施設を公開しています。肺がんか消化器がんで参加を希望する人は、最寄りの参加施設に問い合わせてみてください。対象となる患者さんは、LC-SCRUM-Japanでは、手術や根治的な放射線治療が不可能な進行・再発肺がんです。GI-SCREEN-Japanは、すでに今年度の予定症例数の集積が終了したため、現在は患者さんの募集をしていませんが、4月から手術不能な進行・再発大腸がん、胃がん、食道がん、胆道がんなどの消化器がんを対象に再スタートする予定です。他のがん種に広げたいという思いはありますが、今のところ、肺がんと消化器がん以外の方がスクラム・ジャパンに参加することはできません。

対象となる治験が見つかる患者は10%程度

 スクラム・ジャパンに参加する場合の費用は?

大津先生 スクラム・ジャパンに参加する患者さんの自己負担はありません。

 患者さんには、最寄りの参加医療機関を受診してもらい、がんの組織を用いた遺伝子スクリーニングを行います。非小細胞肺がんの患者さんに対しては、保険診療では、まずEGFR遺伝子変異があるかどうかコンパニオン診断薬を用いて調べ、変異がなければ次にALK融合遺伝子の有無を調べます。遺伝子スクリーニングは、マルチプレックス遺伝子診断薬を用いた遺伝子解析で、一度に約140種類のドライバー遺伝子の有無を確認できます。実際には、その費用は1人当たり20万~30万円かかりますが、その費用を患者さんに請求することはありません。

 遺伝子解析の結果、その患者さんが対象になりそうな治験があれば、参加医療機関の医師が、その結果を患者さんに説明し治験を受けるかどうか検討していただくことになります。治験自体は、全国10~20カ所の限られた病院で行われているので、治験への参加を希望する場合には、治験実施施設へ行っていただきます。医師の診療などは普通に保険診療で行いますが、通常の治験と同じで、治験に伴う検査や薬の費用に対する患者さんの自己負担はないので、心配しないでください。

 ただ、遺伝子解析の結果、対象となる治験が見つかる患者さんは10%くらいです。調べてみなければ分かりませんが、9割近い患者さんは、遺伝子解析だけで終わる可能性が高いことも、知っておいてください。

短期集中連載・がん治療の革命?!「プレシジョン・メディシン(高精度医療)」国立がんセンターを中心に進む全国プロジェクト「SCRUM-Japan」(下)
https://oncolo.jp/feature/20170322f

(取材・文/医療ライター・福島安紀)

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