日本肺癌学会は、全国490病院を対象に、新型コロナ感染症(COVID-19)が肺がん診療に及ぼす影響調査を行い、4月30日、その結果を公表した。解析対象になった118病院の2020年1~10月の10カ月間の新規肺がん患者数は1万8562例で、前年同時期より6.6%少なかった。治療別に見ると最も影響が大きかったのは薬物療法を受けた患者の割合で、前年より8.6%も減少した。肺がんは男女合わせて最も死亡者数の多いがんであり、日本肺癌学会理事長で日本医科大学学長の弦間昭彦氏は、「気づかないうちに、国民のリスクが迫っている可能性がある」と話した。
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例年なら肺がんと診断された人の治療の開始が遅れた可能性
日本肺癌学会は、新型コロナウイルス感染症の第2波が収束した2020年10月に同学会の評議員・役員所属病院181施設とがん診療連携拠点病院309施設の合計490病院に対し「新型コロナ感染症(COVID-19)が肺がん診療に及ぼす影響調査」を実施した。調べた内容は、2019年1月~20年10月の肺がん治療法別の月別新規患者数と、各施設が受け入れたCOVID-19患者数。回答したのは124病院(回収率25.3%)で、データが不十分だった6施設を除き、118施設の回答を解析した。調査の制作には、当サイト「オンコロ」も協力した。
日本肺癌学会の調査で分かったのは、2020年1~10月の10カ月間の解析病院118施設の肺がん新規患者数が、平均で6.6%減少したことだ。「国立がん研究センターの推計では、20年に新たに肺がんと診断される人は13万人と予測されており、6.6%は約8600人に相当します。その分、例年であれば肺がんと診断されたはずの患者さんの診断や治療の開始が遅れた可能性があります」。この調査の責任者で、同学会副理事長、大分大学医学部呼吸器・乳腺外科学講座教授の杉尾賢二氏は、そう指摘した。
19年と20年の肺がん治療全体の月別比較を見ると、全国に新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言が出された4月以降、新規患者数が前年より減少している。
(日本肺癌学会発表資料より)
肺がん治療別の患者数の増減では、手術のみが5.4%減、手術+術前後化学療法が11.0%減で、手術全体では6.0%減少した。化学放射線療法は3.9%減と比較的影響が少なかったが、化学療法は20.7%減、免疫チェックポイント阻害薬(PD-1/PD-L1阻害薬)+化学療法は20年に新規治療が標準治療として認められたこともあって10.5%増加したものの、薬物療法を受けた患者は全体では8.6%減った。
COVID-19患者の治療数が多いほど肺がん新規患者数が減少
同学会は、COVID-19治療患者数別に肺がん診療への影響も調べている。COVID-19治療患者数が0~5例だった施設の肺がん新規患者数は4.6%減、6~50例だった施設は4.2%減と比較的影響が少なかったのに対し、51~100例では8.3%減、101例以上では8.6%減。COVID-19治療患者数が多い施設ほど、肺がん診療への影響が大きかった。
エリア別では、東北6.8%減、東京都以外の関東が9.7%減、東京都内が7.9%減、北陸8.8%減、中部7.6%減、関西3.7%減、中国・四国3.4%減、九州4.2%減で、第1波と第2波で感染者数の多かった関東から中部にかけて新規患者数の減少幅が大きかった。北海道は0.4%増えたが、解析対象になった施設数が4施設と少なかったため、北海道全体で新規患者数が本当に増えたのかは不明だ。
また、施設形態別では、大学病院が6.3%減、がん専門病院が6.6%減、国立病院7.6%減、公立病院が14.3%減、その他が2.0%減で、特に公立病院への影響が大きいことがうかがえた。回答施設からは、「肺がん新規患者数が減少したのは、COVID-19患者を受け入れて外来診療、病棟を縮小したのが原因」「がん検診受診控えの影響で新規患者数が減ったのではないか」というコメントがあったという。
診断が遅れないようCOVID-19流行下でも肺がん検診受診が重要
世界肺癌学会理事長
近畿大学医学部呼吸器外科学主任教授
光冨徹哉氏
世界肺癌学会理事長で、近畿大学医学部呼吸器外科学主任教授の光冨徹哉氏は、米国全体では、昨年7月に肺がん新規患者数の平均が23%減少したと報告されたことを紹介。スペインでは診断の遅れによって、COVID-19流行前と比べて肺がんの死亡率が高まり、平均生存期間も短くなったという。韓国では、ステージ1~2の早期肺がんが減り、進行肺がんの割合が高まるなど、COVID-19感染拡大による肺がん患者への悪影響の報告が相次いでいる。
「日本でも肺がん検診の受診率が昨年は大幅に減少しており、早期肺がんの発見が遅れることが危惧されます。英国のデータでは、3カ月診断が遅れると30代~50代なら10年生存率が15%以上低下します。将来にツケが回らないように、今こそ対策を取る必要があります」と光冨氏は強調した。なお、日本対がん協会の調査によると、20年に自治体の肺がん検診を受けた人は110万3713人で19年と比べて32.4%も減少している。
日本肺癌学会理事長
日本医科大学学長
弦間昭彦氏
弦間氏は、「検診施設は感染対策もしっかりしているので、40歳以上の人は肺がん検診を積極的に受けてください。肺がんは診断して、進行度やその性格を把握するまでがまず大切です。その上で、その患者さんの肺がんの性格と進行度、各地域のCOVID-19のまん延状況によって、治療開始を急ぐべきかどうか判断する必要があります。肺がんの診断が遅れないようにしていただきたいです」と述べた。記者会見の司会を務めたフリーアナウンサーで悪性リンパ腫のサバイバーの笠井信輔氏は、「毎年がん検診を受けていたのに、昨年半年だけ検診受診の時期をずらしただけで手遅れになった人もいます。がん検診はしっかり受けてほしいです」と呼びかけた。
日本肺癌学会では、「COVID-19パンデミックにおける肺癌診療:Expert opinion」を作成し、感染症まん延下での肺がん診療の優先度の指針を示している。
日本肺癌学会副理事長
大分大学医学部呼吸器・乳腺外科学講座教授
杉尾賢二氏
杉尾氏は、「一時期、手術を制限した病院は結構ありますが、日本の医療施設は、COVID-19で大変な中でも肺がんも含め感染症以外の疾患の治療もしっかり行っています。昨年の第1波の時と比べて、医療機関としてどう対応したらよいか分かってきた面もあります。第3波、第4波が肺がん診療影響はどうだったのかも今後調べていきたいと考えています」と話した。
一方、新しい肺がん治療を開発するために不可欠な臨床試験の世界的な遅れも懸念されている。世界肺癌学会では、COVID-19が臨床試験に及ぼしている影響を調査し、COVID-19流行下でもできる限り臨床試験を進めるための工夫の好事例を共有していく方針という。
(取材・文/医療ライター・福島安紀)
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