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プレシジョンメディシン~がん種を問わず異常遺伝子にマッチする分子標的薬を適応外で組み合わせるアンブレラ・バスケット試験 ASCO 2016~
2016年6月3日から7日まで米国シカゴで開催された第52回米国臨床腫瘍学会(ASCO)で、米国Sarah Canon研究所のJohn D. Hainsworth氏が発表した進行がん患者を対象とする第2相試験(MyPathway、NCT02091141)は、がん組織の遺伝子異常を特定し、その異常を分類してマッチする分子標的薬で治療する非無作為化オープンラベル試験であった。
がんがある臓器は様々で、遺伝子の異常によって薬剤の異なる3つの治療群に分けられた。従来の単一がん種、単一遺伝子を対象とする臨床試験とは異なる試験デザインで、演題には「アンブレラ・バスケット試験」が明示された。ASCOへの発表申し込みの締め切り後にデータが出揃ったLate Breaking Abstruct(Abst LBA11511)で、Abstructよりデータが新しい2016年6月4日のASCO POSTの記事を紹介する。
→要するに、『従来のある「がん種」に対して治療効果を確認する試験』ではなく、『がん種問わずに遺伝子異常によって効果を確認する薬剤を変える試験』を、アンブレラ・バスケット試験と呼ぶ。今回、ASCO2016で発表されたアンブレラ・バスケット試験であるMyPathway試験について紹介する。ということです。
~12がん種の進行がん129人中29人がFDA承認外適応で奏効~
MyPathwayは米国39施設で2014年4月に開始された。遺伝子スクリーニングでHER2、BRAF、ヘッジホッグ(Hh)、またはEGFR経路の異常が確認された進行がん患者を対象とし、その遺伝子異常に対応する分子標的薬を投与した。すなわち、HER2遺伝子異常(増幅、過剰発現、または変異)の患者はトラスツズマブ(商品名ハーセプチン)とペルツズマブ(商品名パージェタ)、BRAF遺伝子変異の患者はベムラフェニブ(商品名ゼルボラフ)、Hh経路変異の患者はvismodegib (標品名Erivedge)、EGFR遺伝子変異の患者はエルロチニブが投与された。これら分子標的薬の適応症として承認されていないがん種のみを適格とした。
→要するに、がん種問わず、HER2遺伝子増幅があればハーセプチンとパージェタ、EGFR遺伝子変異があればエルロチニブ、BRAF遺伝子変異があればゼルボラフ、ヘッジホッグ経路変異があればvismodegibを使用する試験であるということ。
その結果、2015年12月14日までに初回登録の129人中、HER2異常が82人、BRAF異常が33人、Hedgehog異常が8人、EGFR異常が6人であった。患者はすべて固形がんで、平均で3種の治療歴を持っていた。12のがん種29人の患者が投与された分子標的薬で奏効した。奏効29人のうち14人は治療の3カ月後から14カ月後(中央値6カ月)に病勢進行した。残り15人は解析時点でも奏効が持続し、その持続期間は少なくとも3カ月から最長で11カ月を超えている。
最も有望な効果が認められたのはHER2異常の患者で、大腸がんの7/20人、膀胱がんの3/8人、胆道がんの3/6人の腫瘍が30%以上縮小した。これらの結果に基づき、HER2異常の大腸がん、膀胱がん、および胆道がん患者の登録を拡大している。BRAF変異の肺がん患者の登録も拡大する予定だ。この患者集団では初回登録の15人中3人が奏効し、2人は4カ月以上持続するSDが認められた。
MyPathwayは継続中で、最大で500人の患者登録を予定している。ベネフィットの見込みが薄い患者集団は早期に終了し、有効性が認められた集団のがん種とその標的遺伝子の患者登録は拡大する。新たな分子標的薬の導入も計画しており、BRAF変異患者のベムラフェニブにMEK阻害薬コビメチニブ(商品名Cotellic)併用する治療群をすぐにでも設置する。ほかにも、別の遺伝子異常を標的とする分子標的薬の導入を考案中だ。
「ベネフィットが得られた患者と同じ遺伝子異常を持っていても、別の患者では同じ分子標的薬の効果がないことがある。その理由を説明するには、まだ気づいていない因子があるはずで、その答えを探す必要がある」と語るのはASCO専門委員のSumanta Kumar Pal氏。ベネフィットの潜在性がある場合はより多くの患者をマッチさせ、状態改善や生存ベネフィットが得られそうにない治療にはあえて患者を温存する。ゲノムベースの高精度医療のアプローチを研究する環境を整えることの重要性を指摘した。
→要するに、適応がないがん種に対しても、遺伝子異常が認められば、その分子標的薬が有効である可能性があるということが、アンブレラ・バスケット試験によって証明されつつあるということです。
~アンブレラ試験・バスケット試験について~
次世代シーケンサーの登場により複数のがん種、複数の遺伝子を効率的にスクリーニングできるようになった。MyPathwayはアンブレラ試験とバスケット試験を組み合わせた試験である。
次世代シーケンサーの検査結果を利用してデザインする試験の1つ、「アンブレラ」は、1種のがんでがんの生存や増殖などに関わるドライバー遺伝子を複数特定し、その遺伝子を標的とする薬剤を投与する。例えば肺がん患者集団という傘で、傘の骨の数はEGFR阻害薬やMEK阻害薬といった遺伝子別の分子標的薬の数になる。「バスケット」は、特定された1つのドライバー遺伝子の異常を持つ患者を、がんの臓器は問わず1つのカゴに入れるイメージ。例えばBRCA変異のカゴであれば、乳がんだけでなく同じ変異を持つ大腸がんや膵臓がんの患者も含め、BRCA標的薬を投与する。
→要するに、アンブレラは遺伝子異常の種類によって薬剤を変更する試験である。バスケットは、ある共通項(例えば遺伝子変異の種類など)のある複数のがん種を1つの対象群として、その共通項に対して効果があるであろう薬剤を使用する試験である。ということ。
~日本でのアンブレラ・バスケットはSCRUM-Japanの付随治験が先駆け、希少な遺伝子異常のがん患者に治療を届ける取組み~
日本の遺伝子スクリーニングネットワークSCRUM-Japanの登録患者が3000人を超えたという。SCRUM-Japan は、国立がん研究センター内の先端医療開発センターが立ち上げた日本初の産学連携全国がんゲノムスクリーニングネットワーク。2013年に開始した希少肺がんのネットワークLC-SCRUM-Japanと、翌2014年に開始した大腸がんのネットワークGI-SCREENが統合したもので、全国約200の医療機関と10数社の製薬会社が参画するプロジェクトである。
例えば肺がんの場合、ドライバー遺伝子の異常で分類するとEGFR変異は全体の50%を占め、次いでKRAS変異が15%、ALK融合遺伝子変異が5%、MET遺伝子変異は4%。1%から3%の頻度しかない遺伝子異常でもその種類は数多いことがわかってきた。ということは、1%から3%の中に含まれる遺伝子異常を持つ患者は標的の違う新薬候補の臨床試験に参加することができないのはもちろん、患者数の確保が難しい臨床開発は実施されない。
2013年、肺がんからRET融合遺伝子という新たなドライバー遺伝子が日本を含む世界の数カ所で発見されたことが報告された。しかし、RET融合遺伝子を標的とする治療の対象となるのは、肺がん患者全体のわずか3%である。その治療薬の有力候補として、2015年9月に日本で承認されたバンデタニブ(商品名カプレルサ)があることを専門医はわかっている。承認された適応症は切除不能の甲状腺髄様がんであるが、バンデタニブはEGFR、VEGFRのキナーゼ阻害作用に加え、RETキナーゼ阻害作用も併せ持つマルチキナーゼ阻害薬のため、RET融合遺伝子を持つ肺がんの有力な新薬候補と考えられた。
そこで、LC-SCRUM-Japanのネットワークを活用したRET融合遺伝子陽性非小細胞肺がん(NSCLC)患者を対象とするバンデタニブ(商品名カプレルサ)の医師主導治験LAURETが実施された。LAURETのデータは今年2016年のASCOでも発表され、主要エンドポイントの達成が報告された。
LC-SCRUM-Japan活用 RET融合遺伝子陽性非小細胞肺がんにカプレルサが高い抗腫瘍効果を示唆ASCO2016
→要するに、日本ではSCRUM-Japanが存在し、LAURET試験などの成果がでてきた。アンブレラ・バスケット試験を実施できるインフラは整った(整いつつある)。ということです。
多がん種、多遺伝子を網羅するスクリーニングを取り入れたアンブレラ、バスケット試験は、遺伝子的にまれながん患者を考慮して生まれた効率的なデザインではあるが、従来とは異なる形で実施された試験の結果が、当局側の審査・承認プロセスでどのように扱われるかはまだわからず、医薬品医療機器総合機構(PMDA)や米国食品医薬品局(FDA)などが新たな方針、ガイダンスを準備する必要性など実現までの課題は多い。
ASCO 2016: Precision Medicine Approach May Expand Therapeutic Options for Patients(ASCO POST)
プレシジョンメディシンとは?
プレシジョンメディシン(Precision Medicine)は、日本語では高精度医療といい、がん細胞の遺伝子を次世代シークエンサーで解析し、がんの原因となった遺伝子変異を見つけ、その遺伝子変異に効果があるように設計した分子標的薬を使用するといった手法です。テーラーメード医療や個別化医療の一種です。
プレシジョンメディシン-オンコロ辞典
記事:川又 総江 & 可知 健太