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【特集】がん遺伝子治療の現状と今後~九州大学 中西洋一教授に訊く~

  • [公開日]2016.05.20
  • [最終更新日]2017.03.10

 オンコロでは、がん治療に関する様々なトピックスについて、全国のオピニオンリーダーにインタビューを実施して参ります。

 第1弾は、中西 洋一先生に「がん遺伝子治療の現状と今後」について、お話を伺いました。中西先生は、九州大学病院副病院長、呼吸器科長、九州大学呼吸器科教授で、本年12月19日~21日に福岡で開催される第57回日本肺癌学会学術集会も主催されます。

目次

目的とした遺伝子を体の中に入れる治療法

 - 手術や放射線治療が適応とならない進行がんについては、薬剤による治療が選択されますが、主なものとしては細胞傷害性抗癌薬、ホルモン製剤分子標的薬、そして最近脚光を浴びている免疫チェックポイント阻害薬等があります。一方、全く別の治療法「がん遺伝子治療」を耳にします。本日はその「がん遺伝子治療」ついて教えて頂きたいと思いますが、遺伝子治療というのはどういった治療法なのでしょうか?

 中西教授:がんに対する遺伝子治療というのは、目的とした遺伝子を細胞の中に入れることによってがん細胞を抑え込む治療のことです。「がん」は、遺伝子の異常が原因でおこる病気ということが広く認識されています。では、遺伝子の異常というものは何なのか?「働くべき遺伝子が働かなくなってしまった」、あるいは「働かないで欲しい遺伝子が働いてしまった」のどちらかとなります。もし、働かなくなってしまったのであれば、その遺伝子を補充します。遺伝子補充療法とも言います。一方、働き過ぎて暴走してしまったのであれば、「その働きをなだめましょう」といった手法をとります。

薬剤療法と遺伝子治療の違い

 - ホルモン製剤や分子標的薬も、ヒトで生産できなくなった生体物質を補充したり、暴走してしまった遺伝子を抑える働きすると思いますが・・・

 中西教授:実をいうと、遺伝子治療と従来の薬(抗体や小分子化合物)といった分子標的薬との間には大きな違いはありません。では、何が違うかというと、抗体や小分子化合物は「もの」そのものです。一方、遺伝子治療は「もの」の設計図(つまり遺伝子)を体内に導入する治療法です。設計図をヒトの細胞に導入することで、細胞にこれらの「もの」を生産させるのです。要するに、作られた「もの」を外から入れるのか、それとも体の中で「もの」作らせるのかが異なるだけであり、最終的には、がんを抑える「もの」が抗がん作用をもたらすという意味では他の薬剤と大差はありません。

 - 「体の外から作るか、体の内から作るかで、がんに作用する物質は変わらない」ということは腹落ちしますね。たしかに、遺伝子からタンパク質が作られますね。では、がん遺伝子治療の場合、どういった遺伝子を使用するのでしょうか。

 中西教授:正常な細胞にはがん化を防ぐ遺伝子が存在し、「がん抑制遺伝子」と言います。先ほど「働くべき遺伝子が働かなくなってしまった」と言いましたが、がん細胞は、何らかの原因で、このがん抑制遺伝子が働かなくなってしまっていることがあります。
 そのようなことから、がん細胞にこの遺伝子を入れます。そうすると、がん細胞が増殖を止めたり生存を止めたり起こしたりします。これはあくまで一例で遺伝子治療と一口にいっても様々なアプローチがあります。

 ‐ 遺伝子を入れる細胞(がん細胞、正常細胞など)や入れる遺伝子の種類によって異なるのですね。

ウイルスが遺伝子を運ぶ

 ‐ そういった遺伝子をどのように体の中に運ぶのでしょうか。

 中西教授:色々なやり方がありますが、最も有効だと考えられているのはウイルスベクターを使用するやり方です。
ウイルスは、遺伝子(DNAやRNA)を自分自身で複製する装置を持ちません。そういった意味で生物としては半端です。では、どのように増殖するかと言いますと、他の細胞に感染し、自分のDNAやRNAを注入し、感染した細胞の自己複製装置を利用して増殖します。ウイルスは自分の遺伝子を目的とした細胞に入れるきわめて巧妙な仕組みを持っています。

 したがって、我々が目的とした遺伝子を細胞に入れるといった時に、ウイルスベクターを使用するのは非常に効率的なのです。

 - ベクター(遺伝子の運び手)としてウイルスを利用するというのは、非常に使い勝手がいいのですね。しかしながら、ウイルスを体の中に入れるといった手法は「怖い」と感じられる方もいらっしゃると思います。また、遺伝子治療というと体の中で遺伝子を操作するととらえる方もいらっしゃると思います。

 中西教授:一部のウイルスは風邪やインフルエンザ、脳炎などの病気を起こします。そこで、ウイルスベクターとして使用するときには人工的にウイルスの病原性を減弱させています。病原性を弱めた上で入れたい遺伝子情報を入れるというのが治療の基本的な考え方です。

 遺伝子治療は、ヒトの遺伝子そのものを変えてしまうとか、あるいはヒトの体に危険な遺伝子を組み入れるのではといった懸念があるかもしれませんが、実際は「体の中で目的とした遺伝子産物」を作るといった非常にシンプルな手法なのです。そういう意味で最近の遺伝子治療においては大きなリスクはないであろうと考えられています。

 ただし、使用する際には万全な体制にて講じるべきであるといわれていますし、実際は厳密な臨床試験を行ってみないとリスクを完全に払拭できないのも事実です。

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安全性に対する懸念は改善されつつあるが、臨床試験での確認が大切

 - 過去の経験からどのような副作用が予想されるのでしょうか。

 中西教授:1つは、ベクターそのものの安全性があります。毒性をなくしているとはいえ、ウイルスを感染させることから、風邪みたいな症状とか注射をした場所が痛いなどの炎症が起こります。しかし多くの場合非常に軽微なことが多いです。また入れた遺伝子が作り出した物質(遺伝子産物)による副作用が懸念されます。遺伝子産物によってはこれまで経験されてきたものとは異なる副作用が発現する可能性があります。
更に、遺伝子が細胞に入るときに患者さんの遺伝子に傷がつく懸念があります。過去にフランスで白血病が発症した事例もあります。これは安全性といった意味では非常に重要な問題です。しかしながら、現在、遺伝子を傷つけない手法は急ピッチに開発されてきましたし、過去の問題事例を振り返ることで安全対策はより厳格に進められてきました。

 例えば、九州大学では「センダイウイルス」をベクターに使用する遺伝子治療の臨床試験が実施されていますが、センダイウイルスは細胞の核に入らないため、遺伝子を傷つける可能性が少ないと言われています。また、多くの遺伝子治療で広く使われている「アデノウイルス」も改良が進んでいます。それでも個々の遺伝子治療の安全性については、動物実験の段階では完全にはわからないとしか言いようがなく、臨床試験にて明らかになるものです。

数多く実施されている遺伝子治療の臨床試験

 ‐ ベクターの安全性、遺伝子産物による安全性、遺伝子へのダメージへの懸念といったところで、それを確かめることが臨床試験の目的の1つあるといったことでした。では、現在、世界ではどのくらい臨床試験が実施されているのでしょうか。

 中西教授:米国の臨床試験のデータベースであるClinical trials.govから推測すると、現在実施中の臨床試験は全世界で約100~200試験程度あるようです。一方、日本では、10試験程度の臨床試験が実施中です。すでに、有効性や安全性が確認され、FDAなどで薬事承認されたものもあります。

安価な治療選択肢となることに期待

 ‐ 遺伝子治療は難しそうというイメージもありますが・・・

 中西教授:意外かもしれませんが、がん遺伝子治療は意外と取り扱い易いのです。たとえば、最近大きな実績を上げている抗体医薬は製造コストが高いですし、加えて品質管理が難しいのです。管理が少しでも甘いと、効果などに影響が出てしまいます。

 しかしながら、ウイルスはタフですし、DNAは丈夫なのです。ですから、乾燥凍結することも可能です。現在、新規薬剤とりわけ抗体医療が盛んですが、医療費の高騰が問題になる中、ウイルスベクターを使用するがん遺伝子治療は、取り扱いは容易で、しかも耐久性があるといったところで医療費の軽減にも貢献する可能性があるかもしれません。

 ‐ 私も遺伝子療法は「取り扱いが難しく」、実診療に登場しても「高価」になるという先入観がありましたが、そうならない可能性があるというのは意外でした。

がん克服のための武器の1つに・・・

 ‐最後に、がん遺伝子治療について、期待すること等コメントあればお願いします。

 中西教授:第一に現在のがん治療は完璧ではないということです。期待されている免疫チェックポイント阻害薬の奏効率も高くとも20~40%といったところで、すべての患者さんに効くわけではありません。患者さんの次の治療選択肢として、がん遺伝子治療やウイルス療法、iPS細胞を使用した医療技術といった新しい治療法に期待したいところです。

◆インタビューを終えて

 がん化の原因となる「がん遺伝子」や、がん化を抑える「がん抑制遺伝子」といったものが多く見つかるとともに、それらをターゲットとした分子標的薬による治療が盛んになってきました。それらの薬剤は体の外から入れるものに対し、がん遺伝子治療はヒトの体の中で作り出すということは非常に明快に感じました。

 私は、がん遺伝子治療について難しく考えすぎていましたが、「大きく違いはない」といった言葉が印象的でした。また、がん遺伝子療法を含めた新しい治療法への期待。そして、その治療法をより多くの患者さんに使用してもらうために必要な臨床試験の大切さが改めてわかりました。

記事:可知 健太

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