講演タイトル:『乳がん(HER2陽性乳がん)』
演 者:鶴谷 純司 先生(昭和大学 先端がん治療研究所)
日 時:4月26日(金)
場 所:日本橋ライフサイエンスハブ8F D会議室
今月は、乳がん(HER2陽性乳がん)をテーマにご来場頂きました。
クローズドセミナーであるため全ての情報は掲載できませんが、ポイントとなる情報をお伝えしていきます。
今回は、HER2陽性乳がんの薬物療法について、基礎知識・現在の治療・最近の話題を中心にご講義頂きました。
目次
HER2陽性乳がんの基礎知識
HER2陽性乳がんとは
まず、HER2(ハーツー)とは、乳がんだけではなく、様々ながん細胞の表面に発現したたんぱく質のHER Familyというたんぱく質の1つです。HER1~HER4という4つある中の2つ目です。これらは、ほぼ同じ機能ですが、外部からの刺激を膜を透して核に伝達します。また、細胞が分裂したり、細胞を守る信号を与えます。
これらは、正常な細胞にも発現していますが、通常がん細胞では過度に発現したり、常に増殖し、やがて体の様々な部分に増殖していきます。
HER2が細胞表面にどれ位発現しているか、またがんの特徴とも言える、とめどもないがんの細胞分裂や転移にHER2が重要であるか調べる必要があります。
もしがん細胞が、HER2を使ってがんの細胞としての特徴を獲得・維持しているならば、そのたんぱく質を攻撃することで、がん細胞を大人しくさせたり死滅させることができるのではないか?
というのがHER2をターゲットにした治療のコンセプトだそうです。
ですので、手術前にがんの種類を調べるために生検をするのは、それに合った薬や治療法を選択する際に重要です、と先生は仰いました。
HER2陽性乳がんの検査
HER2陽性乳がんの検査には免疫染色検査(IHC)やHER2遺伝子検査(ISH法)と呼ばれるものがあります。免疫染色検査は、ある特殊な染色剤を使用すると、HER2の境界がはっきりと染まるというものです。スコア0~3+に分類され、HER2陽性と診断できるものはスコア3+のみです。しかし、スコア2+の10%程は沢山発現しており、境界型遺伝子検査が推奨されるそうです。
HER2遺伝子検査(ISH法)は、精密検査として利用されます。核の中にHER2を鋳型としているDNAがたくさんあるか、というのもHER2タイプかどうかの判断になる基準になります。
通常遺伝子は、母方からと父方からの2つが1対になっているはずですが、がん細胞では異常に増殖しています。核内に存在するHER2の鋳型となる遺伝子がたくさんあるという事は、HER2と呼ばれる事になります。
HER2陽性の現在の治療
乳がん患者さん全体の20%の方がHER2陽性乳がんと診断されます。その中の半分の方にエストロゲン受容体陽性(ルミナールタイプ)の方もいらっしゃいます。
治療において、HER2のみの方とは大きく異なる訳ではありませんが、薬剤に対する効き目(感受性)が少し異なります。ホルモン薬を治療に上乗せすることもあります。
HER2陽性乳がんは、昔は進行が早く転移しやすいというイメージでした。しかし、近年様々な治療薬が開発され、治療成績が劇的に向上し、再発率も下がりました。
転機となったのは、2000年前後の米国から始まったトラスツズマブ(ハーセプチン)です。その後、ラパチニブ(タイケルブ)、カドサイラ(トラスツズマブ エムタンシン/T-DM1)、ペルツズマブ(パージェタ)が続きます。
更に、HER2陽性乳がんのガイドラインが2014年に米国がん治療学会(ASCO)で作成されました。(2018年改定)
その中で、新規抗HER2薬の科学的根拠を含めたHER2陽性MBC(転移乳がん)のガイドラインが報告されました。16の臨床試験を基に、各治療ライン毎の推奨度の制定もされています。
米国がん治療学会(ASCO)ガイドラインのHER2陽性MBC(転移乳がん)では、様々な臨床試験の結果を基に、トラスツズマブ(ハーセプチン)は、最初からずっと抗がん剤を併用して使用していきます。
(参照:「知ろう! MBCのこと 転移乳がん支援・啓発プロジェクト」https://www.mbc-info.jp/)
また、ガイドラインでは、トラスツズマブ(ハーセプチン)・ペルツズマブ(パージェタ)の2つの併用を推奨しています。これらは、それぞれHER2に付着する抗体ですが、付着する場所が少し異なります。併用することで効果が非常に上がる事が証明されました。
再発するまでの期間が延びただけではなく、併用する事で半分の方は生存期間も5年程延びました。今まで、転移をしていると中々難しいと考えられていましたが、一部の方には長年再発せず治癒に近い状態となりました。
そして、米国の指針としてはなるべく早い時期に併用するのが推奨されるそうです。更に、HER2陽性MBC(ER-/エストロゲン受容体陰性)の2次治療では、カドサイラ(トラスツズマブ エムタンシン/T-DM1)が強く推奨されます。(未治療であれば、3次治療でも強く推奨)
まとめとして、予後5年を目指すにはホルモン受容体の発現に関わらず、初回治療としてペルツズマブ(パージェタ)の治療を優先すべきです。二次治療以降の治療としては、カドサイラ(トラスツズマブ エムタンシン/T-DM1)を優先すべきだそうです。
HER2陽性乳がんの最近の話題
ここからは、カドサイラ(トラスツズマブ エムタンシン/T-DM1)と同じような機序(ミサイル療法)の薬剤の治験をご紹介します。各国で治験が行われ、臨床承認も期待されるDS-8201という薬剤になります。
カドサイラ(トラスツズマブ エムタンシン/T-DM1)は、ハーセプチンに抗がん剤を2,3つ付着させ1つの薬剤としたものですが、DS-8201は平均8つの抗がん剤を付着させる事が可能です。これにより、殺細胞作用の高い抗がん剤を付着させることが出来るので、より正常細胞は傷つけづ、がん細胞を打つことが可能になります。
カドサイラ(トラスツズマブ エムタンシン/T-DM1)との大きな違いは、カドサイラはHER2が沢山発現した細胞のみに効きます。しかし、乳がん細胞はHER2陽性でも発現している細胞と発現していない細胞があります。(10%には多く発現しているが、90%は少ない、など不均一性がある)
DS-8201は、隣の細胞にも行き、死滅させる事が出来ます(バイスタンダー効果)。HER2の不均一発現に効果が高いものと考えられます。
DS-8201は、HER2陽性乳がんを皮切りに、様々ながんでも開発が進んでいます。HER2陽性乳がん、陰性乳がん、胃がん、その他のがん種の方を治療した際に腫瘍縮小を調べた臨床試験では、1,2次治療が終わり、3次治療の方でも9割方の人が腫瘍縮小し、更にHER2陰性の方も殆どの方が縮小したという結果がでました。
全体のまとめとして、抗体薬の治療薬の柱となる物はトラスツズマブ(ハーセプチン)・ペルツズマブ(パージェタ)です。更に、抗体薬剤複合体としてカドサイラ(トラスツズマブ エムタンシン/T-DM1)が開発され、更にそれを越えようとしているDS-8201という薬が日本から出ようとしています。それは世界中の乳がんだけではく、胃がんや大腸がんなどの方にも期待されています。
また、質問コーナでは「治療後の経過観察中の過ごし方について」「HER2陰性から陽性になることはあるか」「娘にも遺伝検査はした方が良いか」などの質問が寄せられました。
「治療後の経過観察中、再発予防などを最小限にするにはどう過ごせば良いか。また食べ物で気を付ける事はあるか」という質問には、
先生は「運動」を勧められました。乳がん再発のリスクを下げ、再発してからも生存を延長します。有酸素運動と筋トレ(スクワットなど)が勧められるそうです。
食事に関しては、アルコールは控えめに、ファストフードの脂肪酸は避け、スローフードを目指してもらいたいそうです。また、大豆や乳製品については、大豆はエストロゲンと構造が似ていると言われた時期もありますが、現在は特に避ける必要はないそうです。乳製品についても、摂りすぎは良くないが、がんの発現には関係ないそうです。
「HER2陰性から陽性になることはあるか」という質問に関しては、ホルモン受容体陽性の方で、ホルモン薬を長く服用した方でHER2陽性になる方は10%いらっしゃるそうです。再発した方は、必ず生検して調べる事を勧められました。
「HER2陽性で娘がいるが、遺伝検査はした方が良いか」という質問に関しては、積極的にする必要はないそうです。
遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)症候群はトリプルネガティブ乳がんの方が多いそうです。HER2陽性でBRCA陽性は、2%程度で多くはないそうです。
当日ご聴講された方々より、「HER2診断のメカニズムがよく理解できた」「新薬が日本から開発されて許可間近と聞き心強く思った」「質問コーナーも有効な情報だった」など、多くのご感想が寄せられました。
ここまで詳しくHER2陽生乳がんについての講義は珍しく、当日は薬剤の作用機序なども分かりやすく教えていただきました。患者さんにとっても希望が持てるお話であったのではないかと思います。 鶴谷先生、ご参加された皆様、本当にありがとうございました。 (赤星)