・過去最多の数で脳腫瘍を有する人と有さない人の血清中マイクロRNAの網羅的発現解析を実施
・頻度の高い悪性神経膠腫患者で有意に変化する複数のマイクロRNAを同定
・その組み合わせにより悪性神経膠腫を含む様々な脳腫瘍を血液により高精度に検出できる診断モデルの作成に成功
・類似した画像所見を呈する膠芽腫、転移性脳腫瘍、中枢神経系原発悪性リンパ腫を鑑別するマイクロRNA診断モデルを作成、血液による診断の可能性
2019年12月9日、国立研究開発法人国立がん研究センターと東京医科大学の研究チームは、通常CTやMRIなどの画像で診断される脳腫瘍について、血液を用いたリキッドバイオプシーによる診断モデルの作成に成功したことを発表した。脳腫瘍が血液を用いて簡便かつ高い精度で診断できると、健康診断などで脳腫瘍を早期に発見することができ、その結果早期治療開始につながり予後の改善が期待できる。
この研究では、脳腫瘍の中でも発生頻度の高い悪性神経膠腫(グリオーマ)をはじめとする様々な脳腫瘍について、血中マイクロRNAを用いて高い精度(感度95%、特異度97%)で鑑別する診断モデルを作成した。さらに、悪性脳腫瘍の中でも類似の画像所見を呈することのある膠芽腫、転移性脳腫瘍、中枢神経系原発悪性リンパ腫についても診断モデルの作成を試み、血液による診断の可能性が示唆された。
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構の次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業「体液中マイクロRNA測定技術基盤開発プロジェクト」の支援を受け行ったもので、研究成果は米国医師会雑誌(JAMA)系列のオープンアクセスジャーナル「JAMA Network Open」に12月6日(米国中部時間)付で掲載された。
目次
研究の背景
脳腫瘍について
脳腫瘍は脳に発生する原発性脳腫瘍と他部位のがんの脳転移による転移性脳腫瘍に分類される。原発性脳腫瘍は約150種類に分類され、悪性脳腫瘍として悪性神経膠腫(グリオーマ)、中枢神経系原発悪性リンパ腫、良性脳腫瘍として髄膜腫、神経鞘腫が代表的な原発性脳腫瘍となる。悪性神経膠腫の中で最も悪性度の高い膠芽腫は、手術に加えて放射線治療と化学療法を行なっても1.5年から2年で半数の患者が命を落とす非常に予後の悪い病気である。
脳腫瘍は無症状の状態で発見されることは少なく、多くの場合は手足の動きにくさ、言葉のしゃべりにくさ、ふらつき、けいれん発作などの神経症状を契機にCT、MRIなどの画像検査で診断される。そのため診断された時点ですでに腫瘍が進行していることが多く、脳腫瘍の早期発見が可能な簡便かつ有用な診断マーカーの開発は脳腫瘍の治療成績の改善や神経症状の改善に急務の課題である。また脳腫瘍は脳内に発生するため手術摘出がリスクを伴う場合もあり、血液を用いた診断ができると手術を回避し速やかに放射線治療や化学療法が開始できるメリットがある。
マイクロRNAによる早期診断開発について
マイクロRNAは、血液や唾液、尿などの体液に含まれる22塩基程度の小さなRNAのことで、近年の研究で、がん等の疾患にともなって患者の血液中でその種類や量が変動することが明らかになっている。そのため、患者の負担が少ない診断バイオマーカーとして期待されている。
国立がん研究センターにおいても、これまでに卵巣がんや食道がんの早期検出、骨軟部腫瘍の良悪性の識別などの研究成果を発表しており、本研究は脳腫瘍、特に悪性神経膠腫に特異的なバイオマーカーを同定することを目指し実施された。
研究の概要
本研究では、脳腫瘍を有する方266例と有さない方314例、計580例の血液(血清)中のマイクロRNAを網羅的に解析した。特に頻度の高い悪性神経膠腫の鑑別を目指すため、悪性神経膠腫157例、悪性神経膠腫以外の脳腫瘍109例に分けて解析。その結果、悪性神経膠腫で有意に変化する複数のマイクロRNAを同定し、そのうち3種のマイクロRNAを組み合わせることで悪性神経膠腫を判別できる判別式(グリオーマ判別式:「Glioma Index」)を作成した。
解析対象例を探索群と検証群の2つにわけこのグリオーマ判別式の精度を検証した結果、悪性神経膠腫患者全体の95%を正しくがんであると判別することができ(図1)、診断精度の極めて高い(感度95%、特異度97%)診断モデルの作成に成功したことを確認した。
また、悪性神経膠腫の組織型と悪性度(グレード)別の検証においても、グレードII星細胞腫100%、グレードII乏突起膠腫100%、グレードIII星細胞腫90%、グレードII乏突起膠腫100%、膠芽腫93%の患者群を陽性と診断でき、グレードIIの患者群においても高い精度で陽性と診断することができた(図2)。
さらに、このグリオーマ判別式は悪性神経膠腫以外の脳腫瘍109例の検証において、上衣腫・毛様細胞性星細胞腫などの腫瘍100%、中枢神経系原発悪性リンパ腫93%、転移性脳腫瘍89%、髄膜腫・神経鞘腫91%、頭部外傷・脳梗塞100%の患者群を陽性と診断する一方で、2例の脊髄の神経鞘腫はいずれも陰性と診断し、このグリオーマ判別式は悪性神経膠腫を含む脳腫瘍の診断に役立つ可能性が考えられた(図3)。
次に膠芽腫、中枢神経系原発悪性リンパ腫、転移性脳腫瘍は頻度の高い脳腫瘍で、時々画像所見からはこの3つの腫瘍の区別がつきにくい場合があるため、グリオーマ判別式と同様の統計学的手法を用いてこの3種類の腫瘍を判別するマイクロRNAの組み合わせ判別式(3種類の脳腫瘍の判別式:「3-Tumor Index」)を作成した。
組み合わせ判別式は48種類のマイクロRNAで構成され、解析対象例を探索群と検証群の2つにわけ精度を検証した結果、同モデルは膠芽腫の94%、中枢神経系原発悪性リンパ腫の50%、転移性脳腫瘍の80%を正しく判別。この結果により、中枢神経系原発悪性リンパ腫の診断精度は低いものの膠芽腫や転移性脳腫瘍はマイクロRNAを用いて診断できる可能性が示された(表1)。
本研究により作成された血液を用いたリキッドバイオプシーの診断モデルは、過去に類を見ない、極めて高い診断精度であり、かつその精度を血液からの情報のみで実現できたことは大変意義の大きい成果である。今後、前向きの臨床研究でさらに検証および最適化を重ねることで、脳腫瘍の早期診断の確立に向けて大きな前進が期待できる。
発表論文
雑誌名:JAMA Network Open
タイトル:Assessment of the Diagnostic Utility of Serum MicroRNA Classification in Patients with Diffuse Glioma
著者:Makoto Ohno, Juntaro Matsuzaki, Junpei Kawauchi, Yoshiaki Aoki, Junichiro Miura, Satoko Takizawa, Ken Kato, Hiromi Sakamoto, Yuko Matsushita, Masamichi Takahashi, Yasuji Miyakita, Koichi Ichimura, Yoshitaka Narita, Takahiro Ochiya
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