「治療が延期になったら困る」「がん患者は感染リスクが高いとされるがどうしたらいいのか」――。新型コロナ感染拡大で、そんな不安を感じているがんの患者・家族は少なくない。一般社団法人CancerXが、4月21日、オンラインセッション「新型コロナ感染症の拡大を受け、がん患者・家族が知りたいこと」を開催し、医療関係者やがん患者団体の代表ら7人の専門家が、がん患者・家族の質問に回答した。
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がん患者・体験者全員が、感染・重症化リスク高いわけではない
CancerXは、テキサス大学MDアンダーソンがんセンター乳腺腫瘍内科教授の上野直人氏とプロデューサーの半澤絵里奈氏が代表理事を務める民間団体。「『がん』と言われても動揺しない社会」を目指し、がんにまつわる課題を、医・産・官・学・民・メディアなどが解決していく出会いと活動の場を作ることを目的に活動している。オンラインセッションには、患者・家族、医療関係者など約500人が参加した。
オンラインセッションで、最初に話題となったのは、新型コロナ感染症に対して、「がん患者の感染リスク、重症化リスクは高いのか」という点だ。この問いに対し、アラバマ大学バーミンハム校脳神経外科助教授の大須賀覚氏は、次のように回答した。
「新型コロナに関する科学的データは揃っていませんが、化学療法や放射線療法を受けているがんの患者さんは、一般的な感染症にはなりやすいことがわかっています。がんの患者さんすべて、リスクが高いわけではありませんが、高齢者、血液腫瘍、肺がんで放射線治療を受けている、骨髄抑制の副作用のある化学療法を行っているなど、感染症に対する防御力が弱まっている人は新型コロナに対する感染リスクも高くなります。自分がどうかは主治医に確認しましょう」
重症化リスクについては、日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授の勝俣範之氏が、「中国の最新の報告によると、がん患者さんの致死率は7.6%で、一般の人(2~4%)よりは高いものの、80歳以上の高齢者が21.9%、心血管障害の合併している人だと9.2%です。がん患者さんは、致死率がすごく高いわけではないですが、やや重症化しやすい傾向があるとは言えます」と話した。
2回がんを体験し2年前に造血幹細胞移植を受けた、上野氏は、がんの患者さんでも個別性が高いとし、「免疫力が高いかどうかを検査する方法はありません。ただ、僕は、造血幹細胞移植から2年経って、米国で言われる高リスク患者からは外れているけれども、風邪を引くと治るまでに40~50日かかります。自分自身が他の感染症にかかったときにどうだったかが、リスクが高いかどうかのバロメーターになります」と指摘した。
新型コロナ感染症の今後の見通しについて、国立国際医療研究センター国際感染症センター長の大曲貴夫氏は、「正直わからない」としつつこう述べた。「いま大きな流行の波が来ていて、これが収まったとしても、何回も繰り返して、やがて消えていくのか普通の風邪になるのかは、今のところわかりません。ある程度落ち着くまでに、半年、1年、2年という人もいます。寄せては返しを繰り返し、数年かかるのではないかと考えています」
化学療法の副作用の発熱と新型コロナの症状の違いは?
ところで、化学療法の副作用による発熱、下痢、味覚障害などと、新型コロナ感染の症状は見分けられるのだろうか。
「米国でも、鑑別診断が複雑化するのではないかと危惧されていましたが、現時点では、鑑別診断はそれほど難しくありません。PCR検査をするかどうかは、新型コロナの典型的な症状が出ているかどうかで判断しています」と上野氏。
北里大学病院集学的がん診療センター長の佐々木治一郎氏は、「患者さん本人が判断するのは難しいので、がん治療中の方は、発熱など何らかの症状が出たら、まずは、治療を受けている医療機関や主治医へ連絡してほしい」と強調した。勝俣氏は、新型コロナ流行後、好中球減少による発熱の予防薬であるGCS-F製剤を投与する対象者を拡大し、化学療法の副作用による発熱を軽減するようにしているという。
参加者の21.2%が新型コロナの治療や手術への影響を実感
オンラインセッションで、大きなテーマとなったのが、「新型コロナによる治療の延期、通院・治療・手術の優先順位のつけ方」だ。CancerXが事前に行った調査では、参加者の21.2%が、すでに「がん治療や手術において、新型コロナの影響を受けている」と回答している。実際に、新型コロナの院内感染によって手術の延期を余儀なくされる病院も出てきており、参加者の一人からは、「新型コロナの影響で、診断・治療が遅れてしまっています。予後に影響ありますか」との切実な質問が寄せられた。
「全世界で、がん患者さんの治療の延期や中止が起こっています。延期の理由には、大きく、(1)検査や治療が安全に行えない、(2)治療によって感染リスクが上がる――、この2つの理由が考えられ、緊急性の高くない治療は延期される可能性があります。ただ、判断は、これまでの経過と病状をよく知っている医師にしかできないと考えられます。患者さん個人で、治療を継続するかしないかの判断をしないでほしいです」。大須賀氏は、そう強調した。
上野氏は、がんの経験者である医師の立場から、「なぜ治療が延期になっているか」主治医に、納得がいくまで聞くことを提案した。経過観察のための通院は延期できる可能性はあっても、単に新型コロナの感染が心配だからとの理由でがん治療を延期すべきではないという。
がん患者・家族の新型コロナ予防策は?
では、感染予防策として、がん患者・家族が特に取り組めることはあるのだろうか。登壇者が異口同音に挙げたのが、手洗い、うがい、手指の消毒、ソーシャルディスタンス、口・目・鼻を触らない、帰宅後すぐシャワーを浴びるなど、感染予防の徹底だ。大須賀氏は、感染リスクが高い医療機関に近づく機会をいかに減らすかもカギになると指摘した。
アルコールアレルギーの人やアルコール不足時の消毒法としては、北里大学大村智記念研究所の研究結果に基づく「医薬部外品および雑貨の新型コロナウイルス不活化効果について」が紹介された。なお、市販の塩素系漂白剤や熱湯を使った消毒法については、厚生労働省も啓発資料を公開している。
「僕らがいくら頑張っても限界があります。医療崩壊につながらない、高リスクの人が感染しないためにも、不要不急の外出は控えてほしいと社会に発信し続ける必要があります」というのは、全国がん患者連合会理事長の天野慎介氏だ。がん患者・家族を支援する認定NPO法人マギーズ東京センター長の秋山正子氏は、「あまりに心配し過ぎて、食事や水分をきちんと摂っていない人がいらっしゃいます。栄養を摂ることと、上手なストレスマネジメントも大事です」と話した。
デマに振り回されず公的機関のサイトから正しい情報入手を
新型コロナに関しては、デマ情報やフェイクニュースの拡散も広がっている。大須賀氏と勝俣氏は、正しい情報を入手するためには、基本的に、厚生労働省、国立感染症研究所、日本医師会、米国疾病予防管理センター(CDC)、米国がん研究所(NCI)など、公的な機関のサイトの信頼性が高いとした。がん診療と新型コロナに関しては、日本臨床腫瘍学会が、「がん患者さん向けQ&A」を公開し、随時情報を更新している。
面会が制限される中での最期の過ごし方は?
新型コロナ感染拡大で、入院患者への面会ができなくなっている病院もある。オンラインセッションでは、「面会制限が厳しく、最後のときを家族と過ごせない現状があります。どう対応したらいいですか」「在宅サービスを考えると感染リスクを考えると不安」「標準治療が終わって落ち込んでいる中で、最後に行きたかった家族との旅行にも行けません」という参加者の悲痛な声も紹介された。
秋山氏は、携帯の持ち込みを許可してもらい、顔を見ながら話したり声を届けたり、写真を病室に置いたりして、一人ではない、そばにいるよと伝える工夫が大事だとし、「面会謝絶でお別れしなければならない状況も想定し、日頃から、『いつもあなたを大事に思っている』と伝えてほしい」と強調した。ただ、面会が制限されている場合でも、患者さん自身が新型コロナ陽性でなければ、終末期に家族の面会が許されるケースが多いという。
電話やオンラインツールも活用し人とつながろう
緊急事態宣言下の現在は、患者同士が交流するサロンや患者会の活動も制限されている。がん診療に関して相談したいことがあったり、不安や心配事があったりしたら、どうしたらよいのだろうか。
「今回のセッションのようにオンラインツールも活用して、誰かとつながって話ができて会話ができることで心配が軽減します」と秋山氏。マギーズ東京でも対面相談は休止中だが、電話やFAX、メールでの相談に応じている。オンラインセッションのモデレーターを務めたCancerX共同発起人でマギーズ東京共同代表の鈴木美穂氏は、「マギーズ東京では個別の相談にも応じていますので、ぜひ活用してください」と参加者に呼びかけた。
また、全国のがん診療連携拠点病院のがん相談支援センターでは、地域のがん患者の相談にも応じている。直通電話があるところも多いので、活用してみるとよいだろう。オンラインでのセカンドオピニオンに応じている病院も出てきているという。佐々木氏からは、「待っているだけではなく、医療者が患者さんに電話をしたりしてもいいのではないか」との提案があった。
天野氏は、日本心理学会が、米国心理学会のサイトを翻訳して公開している「もしも『距離を保つ』ことを求められたなら:あなた自身の安全のために」を紹介。「重要なのは、まずは、自分がストレスを感じていることを認めること。具体的な対処法としては、信頼できる情報を獲得する、日々のルーチンを作りそれを守る、バーチャルなツールも活用して他者とのつながりを保つことが大切になります」とし、患者団体の電話相談などの活用も勧めた。
参加者によるチャットには、日本臨床心理士会が、「新型コロナこころの健康相談窓口」を開設しているとの書き込みがあった。
最後に上野氏が、次のようにまとめ、オンラインセッションは終了した。「医療連携がうまくいかないなど、新型コロナ感染拡大によって、日本における医療の問題点が露呈しています。よりよい社会を作っていくために、ネガティブな状況をポジティブに転換できるいい機会かなと思います。がん患者は確かにリスクがあって不安ですが、そこまでパニックに陥ったり、心理的に落ち込んだりする必要はないことは強調したいです。情報を共有し、自分らしく生きていくことができる人が増えれば、この会をやった意味があるのかなと思いました」
新型コロナとがんについては信頼ができる最新情報を入手し、必要以上に怖がらないようにしたい。
(取材・文/医療ライター・福島安紀)
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