画期的な治療法として世界中で注目を集める「がん光免疫療法」の第3相治験が、局所再発頭頸部がんなどの患者を対象に日本でも始まりました。頭頸部がんに対する光免疫療法は、厚生労働省の先駆け審査指定制度の対象品目にもなり、治験の進行状況によっては、スピーディな薬事承認による実用化も期待されます。
がん光免疫療法とはどのような治療法? 治験の内容は? 昨年行われた国内での第1相の治験を担当し、今回の第3相治験にも関わる、国立がん研究センター東病院頭頸部内科長の田原信先生に、インタビューしました。
― 頭頸部がんに対するがん光免疫療法は、どのような治療法ですか。
田原先生 病巣に赤色可視光を照射し、がん細胞のみを死滅させる新しい治療法です。米国国立がん研究所(NCI)主任研究員の小林久隆先生が開発しました。
頭頸部がんの場合には、がんの表面にあるたんぱく質EGFR(上皮成長因子受容体)に結びつく抗体薬セツキシマブと、赤色可視光に反応する光感受性物質・IR700の複合体「ASP-1929(RM-1929)」を患者さんに点滴投与します。ASP-1929は、がん細胞のみに特異的に結合する薬です。
ASP-1929を投与した翌日に、病巣のある部分に赤色可視光を照射すると、光感受性物質が化学反応を起こしてがん細胞を破壊します。赤色可視光は、ペンライトのような機器や光ファイバーなどを用いて照射します。
頭頸部がんの場合、局所麻酔か全身麻酔をし、光ファイバーの細い針を複数本患部に刺して赤色可視光を約5分間照射します。病巣が大きければ、光ファイバーを刺す位置を変え、さらに赤色可視光を当てます。
― 国際第3相治験「LUZERA-301」が始まっていますが、どのような患者さんが対象ですか。
田原先生 LUZERA-301は、プラチナ製剤を含む標準的な全身化学療法を2種類以上行ったにも関わらず、治療の効果がみられなかったり、再発したりした局所再発頭頸部扁平上皮がんである18歳以上の患者さん275人が対象です。
ランダム化比較試験で、183人が光免疫療法群、92人が標準的に使われている抗がん剤群に無作為に割り振られ、2つのグループの無増悪生存期間(PFS)と全生存期間(OS)を比較します。
治験に参加するからには光免疫療法を受けたいと考える患者さんが多いと思いますが、患者さん自身や治験を担当する医師が、どちらに入るかを選ぶことはできません。また、今回の治験の場合、抗がん剤群に入った患者さんは光免疫療法を受けられないことになっています。
なお、治験に参加いただける患者さんの身体状況(患者選択基準)は下記の通りです。
LUZERA-301試験の主な患者選択基準
以下のすべてに該当する方が対象となります。
1. 文書による同意が得られる方
2. 18歳以上の方
3. 全身状態(ECOG Performance Status)が0から1である方
4. 組織学的に確認された局所難治再発性又は二次原発性の頭頸部扁平上皮癌で、根治治療に適さない方
5. プラチナ製剤を含む化学療法の使用が禁忌である又は推奨されないと腫瘍内科医が判断した場合を除き、原発性又は再発頭頸部癌に対する治療においてプラチナ製剤を含む全身化学療法を含む2種類以上の治療中止、あるいは治療中又は治療後に病勢進行が認められた方
6. 各種臓器機能が保たれている方
注:上記の患者選択基準は概要であり、上記に該当していてもこの治験に参加できないことがあります。
(国立がん研究センター東病院ホームページより)
― 頭頸部の扁平上皮がんであれば、発生した部位はどこでも光免疫療法は可能ですか。
田原先生 はい。頭頸部領域であれば、鼻、舌、咽頭、喉頭、あごでも、がんが発生した部位を問わず赤色可視光の照射は可能です。ただし、血管にがんが浸潤している場合には、がんと一緒に血管が剥がれ落ちると大出血につながる恐れがあります。
実際に、米国での治験では、頸動脈にがんが浸潤していた患者さんが大出血を起こして亡くなっています。そのため、血管にがんが浸潤しているようなケースは、今回の治験の対象から除外しています。
― なぜ、局所頭頸部扁平上皮がんだけが対象なのですか。頭頸部がんでも腺がんの患者さんには効果が期待できないということなのでしょうか。
田原先生 今回の治験の対象になっているASP-1929は、EGFRというタンパクを目印にがん細胞に結合する薬です。同じ頭頸部のがんでも、扁平上皮がんの90%以上にEGFRが発現しているのに対し、腺がんの表面にはEGFRがほとんどありません。EGFRが発現していないとASP-1929を投与して赤色可視光を照射したとしてもがん細胞だけ破壊するということができないのです。
― 2018年の国内第1相試験では何人の患者さんに光免疫療法が行われ、どのような結果が得られたのですか。
田原先生 国内第1相試験では、局所再発した頭頸部扁平上皮がんの患者さん3例に光免疫療法を実施し、日本人に対する安全性が確認されました。
この治療を開発した小林先生の発表は国際学会などで聞いていましたが、光ファイバーを刺して赤色可視光を照射した直後から患者さんの皮膚の色がみるみるうちに変わってがんが壊死していく様子を目にしたときには驚きました。光免疫療による化学反応で壊死した腫瘍が、ぼろぼろと剥がれ落ちていく感じでした。
1相試験の結果の詳細については、2019年6月の日本頭頸部癌学会、同7月の日本臨床腫瘍学会で発表します。
― 局所再発した患者さんでも、光免疫療法によって治癒が期待できると思いますか。
田原先生 治験段階であり、本当に治癒が期待できるかどうかはわかりません。ただ、米国での再発頭頸部扁平上皮がんに対する第2相試験では、奏効率28%(28人中8人)、完全奏効率14%(28人中4人)でした。既存の治療が効かなくなった再発頭頸部がん患者さんに対象にしていながら14%の人の腫瘍が消えたというのは画期的ですし、腫瘍が消えたまま元気に生存している患者さんもいると聞いています。
局所再発なら、繰り返し治療できるので、腫瘍がまた出てきても再治療ができる可能性があります。今回の治験でも、複数回赤色可視光を当ててもよいことになっています。
― 副作用や合併症はないのでしょうか。
田原先生 今のところ、腫瘍崩壊症候群などの全身的な副作用や合併症は報告されていませんが、患者さんによっては、腫瘍が壊死していくときに激しい痛みが生じる場合があります。痛みの感じ方には個人差があり、予想以上に強い痛みを訴える患者さんもいました。痛みはずっと続くわけではなく、腫瘍と共に剥がれ落ちた組織の修復と共に軽減していきます。
頭頸部がんでは、ニボルマブなど免疫チェックポイント阻害薬による治療が行われていますが、免疫チェックポイント阻害薬では1型糖尿病、甲状腺や下垂体の機能障害、重症筋無力症、間質性肺炎などの全身的な副作用が起こりえます。現時点では、全身的な副作用がほとんどないことも、光免疫療法のメリットと言えるのではないでしょうか。
― 光免疫療法でも、他の臓器に転移のある患者さんに効く可能性がありますか。
田原先生 小林先生たちが実施した動物試験の結果では、急激な細胞破壊によって放出されたがん抗原によって免疫が活性化され、赤色可視光が届かない部位の腫瘍、つまり転移巣にも効果があることが報告されています。
ただ、現時点では、頭頸部がんでも他の臓器に転移のある患者さんに対する効果や安全性は確認されていません。動物試験で効果があっても、ヒトには効果がない場合もあるので、遠隔転移のある患者さんに有効かどうかは、今後、別の臨床試験で慎重に検討していく必要があります。
― LUZERA-301試験に参加を希望する患者さんはどうしたらよいですか。
田原先生 国立がん研究センター東病院を含め、国内約10施設がLUZERA-301試験に参加する予定と聞いていますが、他にどこでこの治験が受けられるかはまだ公表されていません。実施施設は、米国の臨床試験登録情報サイト(https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT03769506?cond=photoimmunotherapy&rank=1)で一部公開される予定です。
国立がん研究センター東病院での治験への参加を希望される患者さんは、主治医からの紹介状が必要です。現在治療を受けている主治医の先生に相談したうえで、国立がん研究センター東病院サポーティブケアセンター治験担当へ問い合わせてください。
(https://www.ncc.go.jp/jp/ncce/division/clinical_trial/info_E-mail.html)
独自調査により以下の医療機関も治験を実施するだろうことがわかっています。
国立がん研究センター中央病院、国立がん研究センター東病院、岡山大学病院、愛知がんセンター、久留米大学病院、宮城県立がんセンター(公開されている治験審査委員会の議事録より判断)
― セツキシマブは大腸がんにも適応がある薬ですが、大腸がんに光免疫療法はできないのでしょうか。
田原先生 セツキシマブは、EGFR陽性の進行・再発大腸がんの治療としても用いられる薬で、ASP-1929を投与すれば、EGFR陽性の大腸がんにも特異的に取り込まれます。
しかし、赤色可視光を照射して、大腸に穴が開いてしまったりしたら腹膜炎を起こすなど大変なことになるかもしれません。何か工夫すれば光免疫療法が応用できる可能性はあるものの、突然穴が開いたら困るような臓器にある腫瘍の治療は慎重に考えるべきです。
― 他のがんに対しても光免疫療法の治験が進んでいくのでしょうか。
田原先生 国立がん研究センター東病院では、既存の治療が効かない食道扁平上皮がんに対する光免疫療法の第1相医師主導治験をスタートしています。食道がんに対しては、ASP-1929を投与した翌日に、内視鏡を用いて赤色可視光を照射します。
ただし、第1相試験は、少数の患者さんに安全性を確認するのが目的なので、目標数に達した場合には、募集を締め切ります。
また、HER2陽性乳がんの治療薬であるトラスツズマブと光感受性物質との複合体の開発も実験レベルでは試みられているようなので、今後、乳がんの治療などへの応用も進むかもしれません。
光免疫療法は画像検査ではわからないくらい微小ながん細胞を死滅させられる可能性があります。
まずは今回の治験で効果が確認でき、局所再発頭頸部扁平上皮がんに実用化されることが先決ですが、頭頸部がんに対しては、手術の後、微小残存病変に赤色可視光を照射すれば、再発を防ぐ治療にも応用できるのではないかと考えています。
免疫チェックポイント阻害薬と組み合わせるなど、さらに効果を高める治療の開発も進める必要があります。
光免疫療法は、従来のがん治療にはなかった発想に基づいた画期的な治療候補であることは確かです。LUZERA-301試験の結果にもよりますが、数年後には、まずは頭頸部扁平上皮がん治療に実用化され、他のがん種の治療にも応用されていくのではないかと期待しています。
(取材・文/医療ライター・福島安紀)