オンコロの中島です。
がんになって、新たに気付かされたことを得たり、新たな出会いがあったり、感謝する出来事が起きたりすることを、“がんからの贈り物”の意味で、『キャンサーギフト』という言葉が存在します。
コラムを執筆するにあたり、英語辞典で調べてみましたが、どうも日本人が作った和製英語のようです。
自分の治療時の頃を思い返してみます。
看護師さんと仲良くなり副作用の相談がしやすかったこと、勇気を出して参加した患者会のみなさんが心の支えになってくれたこと、同じ病気を罹患されたかたのブログを通じて療養期間に受けられる社会保険を知ったこと、そして「オンコロ」というがん情報サイトを知ったこと。
他にも、この病気にならなければ知らなかった事、出会わなかった人、経験した事は、挙げたら多くの内容になるでしょう。
これらはすべて前述の『キャンサーギフト』に当てはまると思います。
でも自分の中では、今でも『ギフト』という言葉が、どうしてもすとんと胸に落ちてこないのです。
『ギフト』という響きは、パーティーやクリスマスなど、楽しくてワクワクする意味が強く、その背景には常に明るいシーンがつきまといます。
私の中の『ギフト』に当てはまる事項は、治療中に経験した副作用や毎日のように揺れ動く心情、漠然とした不安の方が記憶として強く、これらの辛さと天秤にかけたとき、キラキラとした世界の印象が強い『ギフト』という言葉でまとめてしまう事に、躊躇する気持ちが残ってしまうのです。
もちろん、『キャンサーギフト』という言葉を受け入れて、理解されている方々のお考えを否定する気持ちはありません。
私が治療中に得た、かけがえのない事柄は、病気を通じて出会うべくして出会い、経験すべくして経験した『運命』という言葉がしっくりくるような気がします。
「乳がん」という病気も、私の人生における『運命』の出来事のうちのひとつにすぎない、と考えています。
さまざまな『運命』を経験し、それを受け入れ、自身の中で消化していく過程の先に、それぞれの『人生』が存在する、そんな気がしています。
皆さんの『キャンサーギフト』は何ですか?
中島 香織