講演タイトル:『胃がん』
演 者:山口 研成 先生(がん研究会有明病院 消化器化学療法科)
日 時:11月22日(金)
場 所:日本橋ライフサイエンスハブ8F D会議室
今月は、慢性リンパ性白血病(CLL)をテーマにご来場頂きました。
クローズドセミナーであるため全ての情報は掲載できませんが、ポイントとなる情報をお伝えしていきます。
今回は胃がんの化学療法をテーマに、「標準治療の成り立ち、次に臨床導入される抗がん剤、今後の課題・期待」を中心にご講義頂きました。
新しく登場したエビデンスを中心に、医師がどんなデータをみて考えて、治療に取り組んでいるかをご紹介されました。
目次
標準治療の成り立ち
標準治療とは
標準治療とは、臨床試験(治験)などで科学的根拠に基づいた観点で、現在利用できる最良の治療である事が示され、ある状態の一般的な患者さんに行われる事が推奨される治療です。(国立がん研究センター「がん情報サービス・用語集」より)
今ある治療選択肢の中でベストなもので、科学的根拠があるだけでなく、日本人の患者さんに合うかどうか医師の間で議論されてできたものです。
臨床試験において従来の標準治療と比較され、メリットが科学的に証明されてはじめて置き換わります。
生存曲線の見方
医師がどんなデータをみて参考にしているかについて、オプジーボの臨床試験のデザイン(適格基準/ある状態の患者さんでどんな薬が効いたか評価する事)を基に説明していただきました。
通常抗がん剤の世界では、治療を開始して50%の方が生存という期間を、1つの治療の指標としています。(手術の場合は、5年生存していると以前は治癒の関連性があると言われ、5年生存率という評価をしていた。)
生存期間中央値が長く、カーブの優位差が偶然ではないという事を証明し、勝敗を決めます。そして、良いカーブの方を標準治療・ないしは承認に迎えるのが現状だそうです。
ガイドラインとは
ガイドラインとは、現在標準治療として挙げられている治療の中で、最良の治療を医師の間で議論し、日本人にとって3~5年後の生存の可能性が高く、良い状況を維持できている治療を並べたものになります。
適切な治療を標準治療として臨床家(現場の医師)に示すものです。
しかし、全ての治療が高いエビデンス(科学的根拠)がある訳ではないので、多くの場合エビデンスレベルと推奨度という指標が記載されます。
抗がん剤のスタイル
残念ながら、化学療法だけで「治癒」の可能性は低く、しかし生存の延長は認められています。ガイドラインに記載されているエビデンスの質は様々ですが、その中から選んでもらえれば良い方向に行くのではないか、と言われています。
全ての患者さんに適格基準が当てはまる訳ではないので、その患者さんの副作用のプロフィールなどを見比べながら、どの治療を選ぶか議論すべきです。
標準治療の中でどれを選ぶかは、医師の考えでも異なりますが、標準治療の中から治療を選ぶべきです。
ドラックラグ
先生は、患者さんから「海外のものを個人輸入でも何でもよいので、自分に効く薬を選んで下さい」、と言われることがあるそうです。しかし、現在日本は米国に次いで承認が早いほどで、日本はエビデンスが認められれば国が使わせてくれるようになります。
世界でも保険で認める幅がここまで広いのは、日本くらいだそうです。
もう1つ、ガイドラインで推奨されるレジメンとして、海外で良いものは日本でガイドラインでも取り入れられる様になってきました。しかし、良い物をなんでもそのまま取り入れていると言う訳ではなく、「民族的要因」があるので検討はされているそうです。
「民族的要因」には環境要因・遺伝的要素・日常衛生状態などがあり、薬力学的人種差(1つの薬でも効果の出現は変化する)もあります。
治療を繋げていく事が生存に繋がる
FTD/TPI(ロンサーフ)は核酸アナログという薬で、5-FU系の抗がん剤とは異なる作用機序です。医師主導で3次治療では良い結果が出ました。3次治療以降でロンサーフと緩和ケアで生存を改善するかみた比較試験では、昨年の報告では1年後に生存している患者さんの確率が10%以上で緩和ケアより改善されました。同時に、亡くなるリスクも30%下げます。
しかし、効かなかった方もいらっしゃるので、バイオマーカーの必要性が1つのメッセージとして出てきました。
奏効率(がんが3分の1まで縮小する確率)はあまり高くなく、4%強ほどですが、それでもロンサーフを使用したほうが生存を改善する力があるとして、市場に登場しました。
新しい薬が出るたびに、生存期間は延びており、新しい治療や薬は臨床試験により確立されます。1番手からもっと良い薬を使わなくても良いのか、という声が聞かれるが、患者さんの状態が良いうちに次の治療を2次、3次、と繋げていく事が生存に繋がるそうです。
次に臨床導入される抗がん剤
まだ承認が具体的に見えてはいませんが、次に臨床導入される薬の報告です。
免疫チェックポイント阻害薬
先生は「最初の治療から免疫の薬を使ってください」と、患者さんに言われることがあるそうです。
現在、オプジーボ(ニボルマブ)とキイトルーダ(ペンブロリズマブ)の2つが市場を席捲しています。オプジーボの臨床試験では、当初は初回の緩和ケアとの比較で、治療から2年後の生存率が約15-20%でした。
このデータは、3次治療に入った方のデータでも1年後に27.3%の方がご存命で2年後も1割の方が生存されていました。薬が効いている期間も、1年後に約10%、2年後も約4%の方に効いています。
これらの結果は、胃がん治療に長年携わってきた先生からみると、中々良い結果だそうです。
しかし、現在この免疫薬は臨床試験で証明されたエビデンスが3次治療での使用です。したがって、日本の保険では1、2次治療では受けられません。
様々な企業は、3次治療で使う事がベストであるか、を臨床試験で検討しています。また、免疫チェックポイント阻害薬は効く方と、全く効かず抗がん剤の方が有効である方がいらっしゃることも分かっています。
あらかじめ、バイオマーカーなどで免疫チェックポイント阻害薬が効く方が分かれば良いが、残念ながらその指標はまだ見つかっておらず、様々な企業などが探しています。
1次治療のニュース
今回特に話したいのが1次治療についてです、と先生。
ペンブロリズマブを1次治療で使用するのと、抗がん剤にペンブロリズマブを併用と、従来の抗がん剤との3つを比較した試験の結果が出てきました。
結果は免疫チェックポイント阻害薬(ペンブロリズマブ)が効果を発揮し、抗がん剤より良い成績を示しました。よってペンブロリズマブは大体1年以内に1次治療で承認される予想です。
抗がん剤と抗がん剤とペンブロリズマブの併用は、承認される程の良い結果は証明されず、優越性は証明できずに承認されませんでした。肺がんでは併用の効果は非常に良いため、期待されましたが胃がんでは単剤で良いという結果でした。
また単剤においてCPS10というPDL1の細胞が発現多いがんでは、ペンブロリズマブの選択マーカーになり得るのではないか、と期待されています。
もう1つ出てきた結果は、従来型の抗がん剤、TAS-118(TS1とロイコボリンを副作用を考慮しつつ上手な比率で併用したもの)とオキサリプラチン併用と日本の従来型の標準治療を比較した臨床試験です。
結果はこの2つの併用は生存の可能性を期待できます。更に2年後に生存している確率も従来の治療より12%上がってきます。
イリノテカン、ドセタキセルなどの抗がん剤くらいしかなかった時代は、2年後生存確率は15%程しかありませんでしたが、このような臨床試験のデータでは35%位の方が生存出来てきています。
薬が開発されるごとに、生存は少しづつ上がり、そのような薬の承認に期待します。
また副作用の出方も強いので、患者さんを選んで使用するなどの検討も必要になります。
おそらく、来年はガイドラインが変わります。そこでTAS-118とペンブロリズマブが1次治療へ推奨度Aで入ります。そこで医師は、患者さんごとに患者さんの状態・腫瘍量・パフォーマンスステータスなどを考慮し、どの薬が良いか選ぶ必要がでてきます。
胃がんの1次治療のまとめとして、
・新たな1次治療としてSOL(TAS-118+オキサリプラチン)とペンブロリズマブが承認される予想
・今までの1次治療と異なり、患者の状況を検討して選択することが求められるかもしれない
・臨床研究により至適な選択マーカーの開発が必要
今後の課題・期待
今後の研究課題としては、免疫治療のオプジーボは奏効率11%で、本当はより効果が出る事を望みます。そこで今の取り組みは、免疫療法が効果を発揮するために、様々な臨床試験が行われています。
また、免疫治療に関わる効果予測因子を発見することも課題です。
今後の期待は、今回紹介した新しい薬がその後どうなったのか、免疫チェックポイント阻害薬がもっと多くの患者さんで長期に効く治療開発が進む事です。
最後に、現在臨床試験の理解が得られておらず、歯がゆい所ですが、着実に研究や開発は進んでいます。将来の医療を担うためにも少しづつでも薬の力を上げていきたいし、それが使命だと思っています、と先生は締めくくりました。
質疑応答・感想
質疑応答からは認定NPO法人希望の会 理事長の轟 浩美さんにもご参加頂き、遺族の立場からとしても質問にお答えいただきました。
質問コーナでは「早期胃がんの発見法について、腫瘍マーカーが人間ドッグや早期診断では有用か」「個々のレジメンはどのように使い分けているのか」「HER2陽性の場合はハーセプチンを使用するが、それを組み合わせることはあるか」などの質問が寄せられました。
「早期胃がんの発見法について、腫瘍マーカーが人間ドッグや早期診断では有用か」という質問には、腫瘍マーカーはある程度がんが進まないと出ないのでがんの早期診断ではまだ効果が確定的ではありません。
巷のクリニックで「早期がんが発見できる」と謳っているところもありますが、どんな根拠で言っているのか見極める必要があります。リキッドバイオプシーも期待出きる技術ですが、早期診断は現在はまだ不十分です、と先生は仰いました。
続けて轟さんは、ご家族ができる事としては「症状が出ている場合は、会社の2カ月先の検診などを待たずに受診を勧める」、とご自身の反省から仰いました。
会社の健康診断など皆が受ける検査と、症状が出ている人の検査は精度が違います。それぞれの検査で病状を見つけるのに適しているものと適していないものがあります。PET検査で全身は診れますが、見つからないものもあるという意味です。
「医師(病院)により、治療で使用する薬が違い、個々のレジメンはどのように使い分けているのか」という質問には、例えばオキサリプラチンとシスプラチンは腎臓の負担のかけ方が違います。
オキサリプラチンは腎臓に負担をかけにくく、シスプラチンはしびれを軽減するというそれぞれのメリットがあります。
これは医師の考え方の違いでレジメンが変わります。
轟さんは、「あなたにとって治療は何か」が大事になる、と仰いました。例えば、「私の仕事はしびれがあると困る」など、人生に大きなダメージを受けるのであれば、この価値観を医師に話すべきです。
医師により違う、というよりは一人の患者さんの状態によりべストが違います。
「HER2陽性の場合はハーセプチンを使用するが、それを組み合わせることはあるか」という質問には、昨年の米国臨床腫瘍学会でハーセプチンとキイトルーダの免疫薬の組み合わせで規模の小さなデータですが良い結果が出ました。
それを受けて、現在HER2陽性胃がんに対してハーセプチンに抗がん剤を併用したものと、ハーセプチン、抗がん剤、キイトルーダを併用したものの比較試験が研究段階ですが行われています。
この答えにより、組み合わせが良いか分かります。
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当日ご聴講された方々より、「分かりやすく、かつ最新の話題を知ることが出来た」「新薬開発・治療研究が着実に進んでいることが理解できた」「今後の胃がん治療が良くなることに期待が持てた」など、多くのご感想が寄せられました。
希望の持てるこれからの治療についてや、開発や臨床の立場から奮闘されている山口先生、遺族の立場から患者さんやご家族に寄り添ったメッセージを発信していただいた轟さんのお話を聴けた貴重な機会だったと思います。
山口先生、轟さん、ご参加された皆様、本当にありがとうございました。