乳がんは女性が発症するがんの中で最も罹患率の高いがんであり、かつその発症年齢が他のがん種に比べて若くなる傾向がある。乳がんの発症は30歳代で増加し、40歳代後半から50歳前半でピークを迎えるなど、閉経前の年齢で乳癌に罹患する女性は多い。
乳がんに限らず、若い時にがんを発症した女性が望むことといえば自分の命が助かることは当然であるが、子供を授かることを望む女性は少なくない。
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乳がん患者が妊娠を望むとき、直面する問題とは?
では、乳がん患者が妊娠を望み、実際に妊娠した時に直面する問題は何だろうか?もしも何も問題がないのであれば、乳がん患者もそうでない女性と同様に不安を抱えることなく妊娠を望むことができる。しかし、乳がん患者が妊娠を望むとなると、他の女性とは違い気をつけなければいけないことがいくつかある。
その内の1つが、治療後の妊娠による乳がんの再発リスクの増加である。妊娠により再発リスクが高まると考えられている根拠は、妊娠によりがん細胞を増殖させる女性ホルモンのエストロゲンの分泌が増えるからである。特に、エストロゲン受容体陽性乳がん患者の場合、妊娠により増加したエストロゲンが体内に残存していた癌細胞を増殖させる可能性があるのだ。
また、再発リスクの上昇と直接的に関係はないが、エストロゲン受容体陽性乳がん患者は治療後も術後補助療法としてホルモン療法を少なくとも5年、長くて10年間継続することで再発リスクを減らせることが明らかになっている。しかし、妊婦に対するホルモン療法治療薬であるタモキシフェン(商品名ノルバデックス)は催奇形性を発症させるリスクがあるため、エストロゲン受容体陽性乳がん患者は治療後もしばらくの間は妊娠を望めない。しかし、中にはホルモン療法を中断してまでも妊娠を希望する患者もいるため、結果として再発率が高くなることもある。
以上のような背景から、乳がん患者にとっての妊娠は再発リスクを高める危険因子の1つとして考えられてきたが、その可能性を否定する研究報告が2017年6月2日から5日までアメリカのシカゴで開催されていた米国臨床腫瘍学会(ASCO2017)で明らかになった。
乳がん診断後、妊娠した人としなかった人で再発の違いはあったか?
欧州臨床腫瘍学会(ESMO)の研究員Matteo Lambertini氏より研究報告によれば、乳がんと診断された後に妊娠した女性は、妊娠しなかった女性と比較して無再発生存期間(DFS)に差がなかったのだ。さらに、この違いはエストロゲン受容体陽性であろうと陰性であろうと同様の傾向が見られたのだ。
本研究はエストロゲン受容体陽性例を含む1207人の乳がん患者を対象に、妊娠が乳がん再発の危険性を高める因子でないこと、つまり乳がん患者でも妊娠を安心して望めることを証明した世界最大規模の後ろ向き試験の結果である。
妊娠は乳がんの再発リスクを高めるのか?
対象患者は1207人の内、実際に妊娠した乳がん患者は333人で、妊娠しなかった患者は874人。妊娠した患者の内、エストロゲン受容体陽性の乳がん患者はエストロゲン受容体陰性の乳がん患者よりも妊娠時期は遅く、乳がんと診断されてから5年以降を経過して妊娠した割合は前者が23%であるのに対して、後者は7%であった。その他の特徴的な患者背景としては、全体の57%がエストロゲン受容体陽性の乳がんであり、40%以上が乳がんの予後不良因子である大きい腫瘍径、腋窩リンパ節転移を有していたことである。
上記の患者を対象とし、乳がんと診断されてから10年間(追跡期間中央値)もの長い年月調査した試験結果であるため、妊娠が乳がんの再発リスクを高めないと結論づけるに値する。なぜなら、乳がんが再発する時期は治療後の2年から3年がもっとも多いとされ、治療後10年を経過していれば治癒と判断できるからだ。
もちろん、本研究は後ろ向き調査であり、乳がんの中でもエストロゲン受容体陽性乳がんの患者が主な対象であることからも、個別化医療が進む現在の乳がん治療に本研究結果をすべての乳がん患者に応用できるわけではない。HER2遺伝子変異、BRCA1/2遺伝子変異など、乳がんの予後不良因子、発症リスク因子別での解析結果が待たれる。
記事:山田 創
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