提供:バイエル薬品株式会社
本シリーズでは4回にわたり、患者さんとご家族が多様化する薬物治療を活用し、自分らしくよりよく生きるために欠かせない視点やサポートについて肝細胞がんの第一線で活躍する専門家に語り合っていただきます。
長谷川 潔 氏:東京大学大学院医学系研究科 肝胆膵外科 人工臓器・移植外科 教授
司会/川上祥子:がん情報サイト オンコロ編集部
近年、肝細胞がんの薬物治療は大きく進歩し、効果のある薬剤が複数使えるようになりました。加えて今後も新しい薬剤が登場する見通しで、それは患者さんにとって選択肢が増えることを意味します。
本シリーズ「がん治療の道しるべ」では、腫瘍内科医の立場から古瀬純司先生に、外科医の立場から長谷川潔先生にご登場いただき、がん情報サイト「オンコロ」編集部とバイエル薬品が肝細胞がんの患者さんを対象に実施したインターネット調査の結果なども踏まえたうえで、患者さんが自分らしくよりよく生きるために、患者・家族と医療者がそれぞれ取り組むべきことをともに考えてみたいと思います。
第1回は、肝細胞がん治療の変遷をたどりながら多様化する薬物治療の現状について話し合っていただきます。
肝細胞がん治療の変遷と薬物治療の位置づけ
─肝細胞がん治療をめぐる状況が大きく変化していると聞きますが、どのように変わってきているのでしょう。
古瀬 私ががん専門病院で肝細胞がんの治療に取り組み始めた1990年代初め、この領域の治療は局所療法が中心でした。その主な方法は、①肝臓にあるがんを手術で切り取る「肝切除術」、②体外から電極を差し込んでがんを凝固させる「ラジオ波焼灼療法」、③がんに栄養を運んでいる血管を人工的に塞いでがんを壊死させる「肝動脈化学塞栓療法(TACE)」などです。全身を対象とした治療法である「薬物治療」が必要な患者さんもいましたが、当時は効果のある薬剤がなく、ほとんど行われていませんでした。
長谷川 私がこの領域の外科医としてスタートを切った90年代半ばになっても状況は変わらず、肝細胞がんに「全身療法」という概念はありませんでした。
古瀬 そうですね。しかし、全身療法のない治療法には限界があり、効果のある薬剤の登場を皆が待ち望んでいました。このような背景の中、新薬の開発が始まり、キナーゼ阻害剤(分子標的薬)が肝細胞がんに効果があることがわかり、2009年に使えるようになりました。このインパクトは大きいものでした。
*『肝癌診療ガイドライン2017年版』(一般社団法人 日本肝臓学会編)によると、薬物治療(分子標的薬)の対象となるのは、腫瘍数が4 個以上の多発がん、または脈管侵襲がある場合、または肝外転移がある場合で、肝機能が保たれていることが前提となります。
長谷川 私もキナーゼ阻害剤の登場は肝細胞がんの薬物治療においてまさにターニングポイントになる出来事だったと思います。この薬剤をどのように使いこなすか――つまり最大限に効果を引き出し、副作用をコントロールしながら長く使っていくことが我々の命題となり、皮膚科をはじめとする他の診療科や、看護師、薬剤師といった多職種と連携し、チーム医療にも積極的に取り組みました。
古瀬 この新薬をきっかけに新たな薬剤開発が活発に行われたものの、次に効果が期待できる分子標的薬が出てきたのは2017年のことで8年もの時間がかかりました。私たちはキナーゼ阻害剤をうまく使い続けるしかありませんでした。この2、3年で使用できる薬剤がずいぶん増えてきて、肝細胞がんの薬物治療は次のステージに入ったと感じています。
長谷川 同感です。これらの薬を"どう使っていくか"だけでなく"どのように使い分けていくか"ということを考慮しなければならない時代に突入しました。また、これまで発達してきた局所療法との組み合わせについて考えるようになったのも最近の動向だと思います。肝細胞がんの治療は実に「多様化」してきており、それは治療を考えるうえで重要なキーワードの1つとなっています。
肝細胞がん治療における留意点
─肝細胞がんは比較的早期で見つかることが多く、手術してから5年、10年と予後が長い半面、手術しても再発することの多い難治がんとしても知られています。このような特徴を持つ肝細胞がんの治療において留意すべきことはありますか。
長谷川 治療するにあたり、がん以外の背景にも留意する必要があります。ウイルス性に加え、最近ではアルコール性、NASH(非アルコール性脂肪肝炎)など、さまざまな病態の肝障害からがん化する頻度が増えてきています。そのため、発症原因を考慮した治療法を考えなくてはならず、ときには患者さんへの生活指導が必要になってくることもあり、ほかのがん腫に比べて視野を広く持つことが求められます。
古瀬 また、肝機能の状態にも配慮しなければなりません。がんが縮小しても肝臓そのものがダメージを受けてしまうことが起こり得るからです。薬物治療が必要な患者さんは、ほかの消化器系のがん(大腸がんや胃がんなど)に比べると肝機能が低下しているため、本来ならば治療効果を優先すべきところ、薬剤投与による肝不全のリスクを常に念頭に置きながら調整しなければならない難しさがあります。
長谷川 ええ。肝細胞がんの場合、トータルでメリットが得られるよう治療のバランスを考えることが特に重要ですね。
治療の多様化による患者へのメリット
─治療の「多様化」は、患者さんにとってどのような意味を持ちますか。
古瀬 使える薬が1つしかなければ、その治療をやるかやらないかの二者択一になります。そこには効果と副作用以外の要素が入り込める余地はありません。しかし、複数の選択肢があると、患者さんがめざす治療目標、価値観、生活背景などを考慮して薬剤を選択できるようになります。つまり、患者さんにとっては、より自分の希望に添った治療を受けられるようになるのです。
長谷川 治療を受ける際の態勢や薬剤の投与経路についても患者さんに負担の少ない通院治療や経口投与を選べるようになったことも、治療と日常生活を両立させることを可能にしました。局所療法は"手術でがんを摘出すれば終わり"です。しかし、全身療法である薬物治療は長期間にわたって続きます。使える薬の選択肢が増えたことで、これまで通りの生活を維持することを考えて薬剤を選択できるようになってきたのはとても意義深いことだと思います。
古瀬 同時に患者さんのニーズも多様化してきています。「治したいから強力な薬が欲しい」という患者さんもいれば「無理して治療をしたくない」という患者さんもいます。肝細胞がんは治療経過の長いがんゆえに、その人の病状や置かれた状況によって治療ニーズはさまざまです。患者さんやご家族のニーズに寄り添うことを大事にすると、治療効果よりも生活の質を優先して薬剤を選択することもあり得ます。
選択肢が増えてきた薬物治療との向き合い方
─患者さんやご家族、医療者は多様化する薬物治療の中からどのように薬剤を選べばいいですか。
古瀬 医療者は薬物治療の選択肢が複数あることを患者さんに示すことが大切です。そして、それぞれの薬剤の効果と副作用についてしっかり説明し、患者さんやご家族によく理解してもらうことが薬剤選択・意思決定のベースになります。
長谷川 そのうえで薬剤選択の決め手となる患者さんの生活背景やニーズを聞き出すことが必要です。また、「先生におまかせします」という人は少なくなってきましたが、これからは患者さんも自分に最適な薬剤を選択するために、最新の知識を得たうえで、今後どのように生きたいのか、何を治療目標にするのかといったことをよく考えることがより一層重要になってきます。
古瀬 そうですね。がんを小さくして切除などで治癒をめざしていくのか、がんは縮小しなくてもいいから生活の質を重視し少しでもよい状態で長く過ごせるようにするのか、薬物治療は行わず家で過ごす時間を大切にするのか──。患者さん・ご家族・医療者の3者で何度も話し合って治療のゴールを設定し、その患者さんにベストな薬剤を選択することが重要です。とても難しいことですが、このプロセスを丁寧に行わないかぎり、患者さんが自分らしくよりよく生きることはできないのではないでしょうか。
長谷川 同感です。幸いにも肝細胞がんは急いで治療法を決めなくてもいいことが多いので時間はあります。じっくり検討することが大切ですね。
─ありがとうございました。Vol.2以降では、肝細胞がんの患者さんへの調査結果をもとにより自分らしく生きるためのヒントをさらに探っていきます。
1993年、東京大学医学部卒業。
東京大学医学部附属病院、同大学大学院医学系研究科肝胆膵外科、人工臓器・移植外科准教授を経て2017年より現職。
原発性・転移性肝がんの外科治療が専門。
1984年、千葉大学医学部卒業。
国立がん研究センター東病院、米国・トマスジェファーソン大学留学等を経て2008年より現職。
日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)の肝胆膵グループ代表。
「がん治療の道しるべ」シリーズでは、患者視点をはじめ医療経済、医療政策まで幅広い話題を取り上げ、がん患者さんとご家族、医療従事者の皆様をサポートします。
Vol.1 肝細胞がん薬物治療と患者視点 多様化する肝細胞がん治療
Vol.2 肝細胞がん薬物治療と患者視点 医師と患者で考える治療目標
Vol.3 肝細胞がん薬物治療と患者視点 治療選択の考え方
Vol.4 肝細胞がん薬物治療と患者視点 ともに歩むために
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