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【PR】がんゲノム医療 実際の診療と課題-がん治療の道しるべ医師視点で考えるがんゲノム医療 Vol.1

  • [公開日]2021.11.12
  • [最終更新日]2021.11.17

提供:バイエル薬品株式会社

本シリーズでは2回にわたり、がん医療の第一線で活躍する専門医の方々にがんゲノム医療の現状と課題、仕組みづくりなどを語り合っていただきます。

第1回は、この分野に対する患者さんの意見も踏まえたうえで、診療の場におけるがんゲノム医療の取り組みを通して課題を探っていきます。

中川 和彦 先生:近畿大学医学部内科学腫瘍内科部門 教授
加藤 元博 先生:東京大学大学院医学系研究科生殖・発達・加齢医学専攻小児医学講座 教授
下井 辰徳 先生:国立がん研究センター 希少がんセンター/同中央病院 腫瘍内科 医長
司会/川上祥子:がん情報サイト オンコロ編集部

本シリーズでは、医療者に先立ち、患者団体や患者支援団体の方にもがんゲノム医療への期待や課題について話し合っていただきました(詳細は「患者視点で考えるがんゲノム医療Vol.1~3」をご覧ください)。

この座談会にご出席いただいた皆様からは、がんゲノム医療について副作用が少なく効果が高い治療法であると期待を寄せ、もっと早い段階から「包括的がんゲノムプロファイリング検査(以下CGP:Comprehensive Genomic Profiling)」を実施してほしいと望んでいる患者さんも少なくないことが報告されました。また、患者さん自身も遺伝子変異に対応する薬剤を開発するために積極的に臨床試験にかかわりたいと考えているという意見も出てきました。

そこで、このような患者さんたちの議論を踏まえたうえで、がん医療に従事する専門医の方々に2回にわたってがんゲノム医療の現状と課題、そして今後の展望についてお話を伺い、この分野の議論を深
めていきたいと思います。

患者調査からみえてきたがんゲノム医療への認知度

――最初に患者さんたちのがんゲノム医療に対する思いや考えを聞いて、先生方が感じられたことを教えてください。

中川 私たち医師が患者さんの思いを知り、そのニーズに応えていくために議論し、このような形で我々の考えも公表していくことは、がんゲノム医療の発展のために大変意義のあることだと感じています。

加藤 そうですね。治療選択に関しても医師が「この治療を受けなさい」と患者さんにお話しする時代は終わりました。私たちがよかれと思って提案している治療が患者さんにとって本当に最良の方法なのかということをその都度振り返ることが必要だと思います。とくにがんゲノム医療は高額であるだけでなく、検査を行うことには倫理社会的な影響も伴うため、受け手である患者さんと一緒に考えていくことが重要です。

がんゲノム医療のあり方は社会的側面も踏まえ、患者さんとともに考えていくことが重要

下井 メディアでもがんゲノム医療について度々取り上げられるようになりましたが、現時点で可能なことより少し先のことが期待感をもって報道されていることも少なくありません。そのため、患者さんたちの認識にも現実とのギャップがあるように見受けられます。現状とこれから期待されることは切り分けて議論する必要がありそうです。

――患者さんたちの中にはがんゲノム医療に対する説明を受けていないと感じている人も多いようです。実際の診療の場面ではどんなタイミングで情報提供されていますか。

中川 私の専門領域である肺がんにおいてがんゲノム医療は“未来の医療”ではなく、すでに“実地医療”となっています。肺がんの多くが非小細胞がんに分類され、その診療体系はがんゲノム医療に基づいて構築されているといってもいいでしょう。患者さんに治療の説明をする際、「がんゲノム医療」という言葉を使わないこともあるため、説明を受けていないと感じる人もいらっしゃるかもしれませんが……。

加藤 私が診療に従事する小児がん領域でもすでにコンパニオン診断を中心にがんゲノム医療に日常的に取り組んでいます。がんという病気の性質上、がん細胞の遺伝子変異を調べることは重要で、この検査を行ったうえで予後を予測し最善の治療を実施することは、私が所属している東京大学医学部附属病院だけでなく、小児がん診療に従事している医師なら誰もが説明している状況だと思います。

下井 CGPに期待をしている患者さんは大勢いらっしゃることでしょう。抗がん剤治療の選択肢がなくなり、緩和医療だけを受けている患者さんの場合もCGPを受けることで自分に使える治療薬の可能性を見つけたいという思いは強いように感じます。その治療薬がたとえ治験中であろうと適応外であろうと選択肢が見つかることは生きる希望につながりますから。

がんゲノム医療の定義や範囲は医師や診療科によって異なる

――がんゲノム医療といえば、CGPを活用した医療だと受け止めている人も多いように感じますが、がんゲノム医療とはどの範囲までを指しますか。

下井 本来、がんゲノム医療は、遺伝子を調べて薬を選ぶことだけでなく診断や予後を調べることにも使えるのですが、実地医療では前者を目的に利用されていることが中心ですし、それもコンパニオン診断とCGPと複数の方法があります。どの範囲までをがんゲノム医療に含めるのか医師の間でも共通認識を持てていないように感じます。こうした複雑な事情があることも患者さんへの説明において影響しているのかもしれません。

がんゲノム医療に対する共通認識がないことが患者さんへの説明に影響しているのかもしれない

加藤 ええ。がんゲノム医療の定義そのものが曖昧で、どのように利用できるかによっても各診療科での受け止め方は違いますね。

中川 患者さんに説明する際、薬を選ぶためのコンパニオン診断と包括的治療を行うためのCGPを同列に扱わないほうがいいと思いますが、個々の違いを理解していただくことはあまり重要ではないと感じています。私は目の前の患者さんに適切な治療を探索する方法として保険適用で行える検査について必要に応じて説明し、同意を取っています。

下井 同感です。患者さんに対しては、どの方法であれ、「遺伝子を調べて治療薬を選ぶための検査です」と説明するのが最も理解していただきやすいですね。メラノーマ、急性骨髄性白血病など限られたがん種の患者さんにはコンパニオン診断で遺伝子を調べて保険診療が適用されている薬を選ぶことがあります。さらに、近年の分子標的薬の開発も、遺伝子異常に基づいて行われることが増えています。そのほかの希少がんでは、従来の殺細胞性抗がん剤や保険適用外の薬剤を試すというのが現状です。希少がんでは2次治療も確立したものがない場合が多く、初回の抗がん剤治療の途中でCGPを実施することがあります。CGPにはMSI(マイクロサテライト不安定性)やNTRK(神経栄養因子チロシンキナーゼ受容体)といったコンパニオン診断として保険適用薬を選ぶことに使える遺伝子検査も含まれています。

 なお、がんゲノム医療に対して「副作用が少なく効果が高い」という期待は現実と少し違います。実際の効果は未知なものが多いですし、分子標的治療薬も今まで使ってきた殺細胞性抗がん剤とは異なる副作用がみられますから。

最適な薬を選ぶためのコンパニオン診断も広義的にはがんゲノム医療に含まれる

診断や予後にも活用できるCGPはどのように行われているか

――すでに日常診療で行われている遺伝子変異に基づいた治療薬の選択も広義にはがんゲノム医療に含まれるということですね。ここからは診断や予後予測などにも活用できるCGPについて議論を深めていきたいと思います。患者さんにはどのようにCGPの説明をされていますか。

下井 原則としてほかに治療法がなく、治験参加の可能性を探るためにCGPを行う際には、標準治療の成り立ちや臨床試験の段階(フェーズ分類)についての説明を20分くらいの時間をかけて行います。希少がんの場合は実施されている第3相試験や第2相試験がほとんどないこと、第1相試験であれば参加できる機会はわずかにあるものの、この臨床試験で使われる薬剤は初めて人に投与するもので、安全性を確認する研究であることをお伝えします。また、対象となる遺伝子の変異がある場合のみ臨床試験に参加できることを患者さんに十分に理解していただけるようわかりやすい説明も必要です。「種類によりますが、遺伝子の変異がみられる確率はかなり低く、10人に1人くらいですが、十数万円の検査費用を出してみますか」といった提案や相談になります。それでも患者さんがよくわからないとおっしゃるときは、診察室を出た後にがんゲノム医療コーディネーターが補足説明をすることもあります。

臨床試験の参加条件など十分に理解してもらえるよう医師はわかりやすい説明を心がけることが大切

加藤 小児の場合は標準治療が確立していない患者さん、または再発・難治の患者さんを対象に「CGPによって今以上に期待できる新たな治療選択肢が出てくる可能性は極めて低いですが、痛みなどを伴う検査ではないのでやってみてもいいかもしれません」とお話しています。

 この検査によって遺伝性がん素因(cancer predisposition)が判明することもありますが、CGPの説明においてそれほど問題にはなりません。小児がんの親御さんは、子どもががんになった時点で遺伝に関する疑問をいろいろ持たれるので、この点については対話を重ねてすでに解決していることが多いからです。遺伝性がん素因については「知る権利」「知らないでいる権利」を尊重したうえで、「それぞれの体質や背景を知ることによって適切に医療に生かすことに役立ちますよ」と説明をしています。

――CGPは「標準治療が終了した(または終了見込みの)固形がん患者さん」を対象に保険適用となっています。「標準治療」はどのように定義づけられていますか。

加藤 医師が考える「標準治療」と患者さんが受け止めている「標準治療」には認識の差があるかもしれません。

中川 そうですね。それぞれの医師や施設においても標準治療をめぐってはいろいろな解釈があり、ばらつきがありそうです。

下井 標準治療には2つの解釈があります。1つは、RCT(無作為比較臨床試験)において無増悪生存期間や全生存が明確に優位であることが証明された現時点での最良の治療です。私も含め、多くの医師がこの治療を標準治療と考えていると思います。もう1つは、保険適用となっている治療や同程度の臨床試験の結果がある治療をすべて治療選択肢と捉えて標準治療とする考え方もあります。

 ちなみに日本乳癌学会では臨床試験の結果をもとに診療ガイドラインで推奨度が最も高い治療を標準治療と定義づけており、CGPの対象となる時期についても明確化しています。ただし、乳がんは臨床試験を行いやすいがん種で、試験数も多いという特性があり、ほかのがん種では同様に定義づけることは難しいかもしれません。

――ありがとうございます。先生方のお話からがんゲノム医療の定義はさまざまであり、その範囲もことがよくわかりました。Vol.2では、治験・研究に参加できる可能性を探索することや研究開発の促進を目的に進められているCGPに焦点を当て、その実施タイミングやアクセスを中心に議論していきたいと思います。

「コンパニオン診断」と「包括的がんゲノムプロファイリング検査(CGP)」

 コンパニオン診断(以下CDx : Companion Diagnostics)は、原則として承認された医薬品の適応の可否を調べることが目的です。これに対して包括的ゲノムプロファイリング検査(以下CGP:Comprehensive Genomic Profiling)は、網羅的に遺伝子を調べ、医師による検査結果解釈のもと、使用できる薬剤や治験を探索し治療方針を策定するために行われます。

 保険承認された治療薬の選定のために実施するCDxには、1つの治療薬に対応する1種類の遺伝子変異を調べる検査法のほか、複数の遺伝子変異を一度に検出することができる検査法が保険診療で使えます。例えば肺がんでは、コンパニオン診断薬に対応するEGFR、ALK、ROS1、BRAF等の遺伝子変異を同時に調べることが可能な場合もあります。

 CGPでは一度に複数の遺伝子(多いものでは300以上)を包括的に調べ、臓器横断的に使用できる治療薬の使用や治験の可能性を探索できますが、厚生労働省の調査によると治療に結びつくものは、CGP実施件数全体の10%程度だといわれています。CGPは、標準治療がない固形がん、局所進行もしくは転移が認められ標準治療が終了となった固形がんで、CGP施行後に化学療法の適応となる可能性が高いと主治医が判断した場合に保険適用となり、1人につき1回を限度として算定が可能です。検査に支払われる診療報酬は、検査判断・説明(検査で得られた結果について医学的解釈を行うエキスパートパネル会議を実施したうえで、患者さんに説明する)を含め、合計で56万円です(2019年9月現在)。この検査費のうち1~3割(加入保険より異なる)が患者さんの自己負担となり、高額療養費制度の対象になることもあります。

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中川 和彦(なかがわ・かずひこ)先生
近畿大学医学部 内科学腫瘍内科部門 教授
1983年熊本大学医学部卒業。熊本大学医学部附属病院、国立がんセンター、Medicine Branch、NCI、NIHなどを経て、2007年より近畿大学内科学腫瘍内科部門教授。肺がん、化学療法などを専門とし、数多くの臨床試験を手がける。認定NPO法人西日本がん研究機構(WJOG)理事長。
加藤 元博(かとう・もとひろ)先生
東京大学大学院医学系研究科 生殖・発達・加齢医学専攻小児医学講座 教授
2000年東京大学医学部卒業。医学博士。東京大学医学部附属病院、埼玉県立小児医療センター、国立成育医療研究センターなどを経て、2021年より東京大学医学部附属病院小児科。小児血液・腫瘍、造血細胞移植、がんの分子遺伝学を専門とし、診療と研究に従事している。
下井 辰徳(しもい・たつのり)先生
国立がん研究センター 希少がんセンター/同中央病院腫瘍内科 医長
2007年岐阜大学医学部卒業。医学博士。がん・感染症センター都立駒込病院、国立がん研究センター中央病院、厚生労働省保険局医療課などを経て、2020年より国立がん研究センター中央病院乳腺・腫瘍内科(現・腫瘍内科)医長。乳がん、婦人科がんのほか、希少がんの診療も担当している。

 

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