「せん妄」という言葉をご存知だろうか。「せん妄」は、がん治療中の患者さんにもよく起こる症状の一つだ。日本がんサポーティブケア学会が、8月7日に東京・大手町で開いたプレスセミナーで、名古屋市立大学大学院医学研究科精神・認知・行動医学・病院准教授の奥山徹氏が、「がん患者のせん妄」をテーマに講演した。
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がんで入院した患者の17%、高齢進行がん患者の40%がせん妄を経験
「せん妄とは、貧血、肝・腎機能障害、栄養障害、電解質異常、低酸素、感染症、薬物の影響といった身体的な原因によって、意識が混濁し、興奮状態になったり、幻覚、妄想が出たりするなどさまざまな症状が出る病態です。さまざまな症状が出るために見逃されやすいのですが、せん妄を引き起こしている身体的な原因を同定するのが大事です」。講演の中で、奥山氏はそう強調した。
せん妄はがん患者に頻繁にみられる。名古屋市立大学病院に入院した高齢進行がん患者(65歳以上でPS2(パフォーマンスステイタス;日中の50%以上をベッドで過ごす)以上、化学療法以外での入院)73人を調べた研究では、約40%の患者にせん妄が出現したという。終末期にはせん妄になりやすく、海外の研究では、入院がん患者のせん妄の割合は17%だった一方で、死亡6時間前には88%だったと報告されている(下図)。
身体的要因や薬の影響で意識が混濁
奥山氏が仮想のせん妄患者さんの例としてこんなケースを示した。
70代の男性のAさんは、直腸がんが骨盤と肝臓に転移し、肛門部に痛みがあるため医療用麻薬のオキシコドンの使用を開始した。痛みが取れずオキシコドンを増やしたところ、夜間大声で独り言を言ったりイライラが強く暴言を吐いたりするということで、緩和ケアチームに紹介された。日中は非常に眠そうでうとうとしているが、夜は不眠で、「みんなして悪さをする」「太鼓が聞こえる」と叫ぶなど、幻聴、妄想がみられたという。
症状は人によって異なるが、身体的要因や薬によって意識が混濁し、感情面では不安、抑うつ、恐怖、怒り、意欲面では意欲低下、活動性低下、記憶面では記銘力障害を生じたり、知的機能が低下する場合もある。
「例に挙げた仮想の患者さんのように、せん妄になると、興奮状態になったり、幻覚や妄想を生じたりするため、入院中に点滴を抜いてしまうなどの問題を引き起こす原因になっています」と奥山氏は指摘する。
点滴の抜去や入院中の転倒など、せん妄が医療事故や身体機能の低下につながりかねないだけではなく、患者や家族にとって苦痛な体験になる場合があることもわかっている。せん妄となったがん患者とその家族を対象に、回復直後にその体験を思い出してもらい、苦痛の程度を調査した米国の研究では、まったく覚えていない人もいる一方で、54~74%の患者がせん妄状態になったことを覚えていた。
「この研究では、本人にとっても介護にあたる家族にとっても強い苦痛があったと報告されています。患者さんやご家族の苦痛の緩和という面からも、せん妄は非常に重要な問題です」と奥山氏。
認知症とは異なり一過性で、適切に対応すれば回復が可能
せん妄を起こす患者は高齢者が多いこともあり、「認知症ではないか」と誤解されやすいが認知症とは異なる病気だ。また、がんの患者さんに生じやすいため、「ストレスでせん妄になったのではないか」と思うかもしれないが、前述のようにせん妄は身体的要因や薬物による意識混濁であることも知っておきたい。
「せん妄は、一過性であることが多く、適切に対応すれば改善が可能であることがほとんどです。身体的な原因を同定し、その原因の治療がせん妄の改善につながることもあります」と奥山氏は話す。
ただ、がん患者のせん妄にどのように対処したらよいのか、医療関係者でさえ知らない人が多く、見逃されることもあるのが実情だ。そういった状況を改善し、どこで治療を受けても、がんの患者さんが適切なせん妄治療が受けられるように、日本がんサポーティブケア学会と日本サイコオンコロジー学会は、今年2月、『がん患者におけるせん妄ガイドライン 2019年版』(金原出版)を作成した。
奥山氏は、同ガイドライン統括委員会のメンバーの一人として、次のように話し、講演を結んだ。「ガイドラインによって、日本のがん治療の中でせん妄の認識を高め、適切なケアを均てん化したいと考えています。今後は、せん妄の患者さんに対する薬剤の選択方法や使い方、看護ケアのあり方など、ガイドラインの実臨床における活用を助ける『臨床の手引き』を作成する予定です。がん医療におけるせん妄のケアを普及させ、適切な心のケアの普及にも取り組んでいきたいです」
(取材・文/医療ライター・福島安紀)