2020年2月28日、国立研究開発法人国立がん研究センター 先端医療開発センター 臨床腫瘍病理分野ユニット長の藤井誠志氏*の研究グループは、米国、韓国との3カ国共同研究により、HER2陽性大腸がんに関する国際協調診断基準を世界で初めて確立したことを発表した。この研究成果は米国オンライン科学雑誌「Journal of Clinical Oncology Precision Oncology」に、2020年1月7日付けで掲載された。
*現職:公立大学法人横浜市立大学 学術院 医学群 大学院医学研究科・医学部 分子病理学 主任教授
目次
求められていた世界共通の診断基準の確立
国内において大腸がんは死亡数が年々増加しており、がんによる死因の第2位となっている。
がんの発生と進行には様々な遺伝子が関わっており、近年、がんの遺伝子変異に基づいた個別化医療(precision medicine)注1が注目されている。
HER2はERBB2遺伝子注2から生成されるタンパク質。ERBB2遺伝子はドライバーがん遺伝子注3のひとつであり、様々な種類のがんにおいてERBB2遺伝子増幅注4(CNV)によるHER2タンパクの過剰発現(HER2陽性)が認められている。
すでに、乳がんおよび胃がんではHER2を標的とした治療が標準治療として組み込まれている。
大腸がんの患者の中でも、およそ1~5%にみられるHER2陽性大腸がんは、乳がん・胃がんですでに承認されている抗HER2療法注5が効果的である可能性があるため、積極的な薬剤開発が国内外で進んでいる。
しかしながら、対象の患者を的確に見つけるための診断基準が国内外で確立していないため、各研究グループが独自に定めている状態であった。
世界でHER2陽性大腸がんに対する臨床試験を進めていくにあたり、各研究グループが異なる診断基準を使用するのではなく、世界共通の診断基準の確立が求められていた。
異なるNGSパネル双方に共通する基準値であると確認
本研究では探索コホートとしてSCRUM-Japan注6のレジストリ(登録)情報を活用し、2005年~2015年に国立がん研究センター東病院で外科手術を受けたステージIVの大腸がん患者の手術標本475例を解析した。
その結果、ICH法/FISH法による診断では、(1)IHC 3+、または(2)IHC2+かつFISH陽性(≥2.0)という、HER2陽性大腸がんに対する診断基準を作成した。
次に、近年急速に普及しているNGSを用いた遺伝子パネル検査とICH法/FISH法との互換性を検討したところ、NGSでERBB2遺伝子増幅(CNV)の程度が4.0以下の症例は、上記のHER2陽性診断基準を満たす症例がないことが判明した。
そしてNGSによる解析結果がCNV>4.0の場合、IHC法/FISH法注7と組み合わせることにより、的確に漏れなくHER2陽性大腸がんを診断できる可能性が示された。
さらに、韓国の研究グループから16例の大腸がんの手術標本の提供を受け、検証コホートとして解析を行ったところ、上記の診断方法が妥当であることが示された。
また本研究では日韓で異なる企業のNGSパネルを用いて検証し、双方のNGSパネルに共通する基準値であることを確認した。
現在、NGSは各社によって解析方法にばらつきがあり、解析結果が異なる場合があることが課題となっているが、今後NGSパネルの標準化がなされた場合は、IHC法/FISH法を行わず、NGSによる解析のみで診断できるようになる可能性を示した。
用語解説
注1:個別化医療(precision medicine)
患者一人ひとりの遺伝子情報や個性に沿って医療を行うこと。
注2:ERBB2遺伝子
HER2タンパクの産生に関わる遺伝子。
注3:ドライバーがん遺伝子
がんの発生・進展において直接的に重要な役割を果たす遺伝子。ドライバー遺伝子は低分子阻害剤や抗体医薬などさまざまな分子治療の標的として有望である。
注4:遺伝子増幅(Copy number variation: CNV)
遺伝子のコピー数の変異。
注5:抗HER2療法
HER2タンパクの働きを阻害し、がん細胞の増殖を抑える治療法。日本では、HER2陽性の切除不能・再発大腸がんを対象にした医師主導多施設共同試験(TRIUMPH試験)が実施され、ペルツズマブとトラスツズマブの併用療法が有効である可能性が示されている。
注6:SCRUM-Japan(Cancer Genome Screening Project for Individualized Medicine in Japan)
2013年に開始した肺がん患者を対象としたLC-SCRUM-Japan(現:LC-SCRUM-Asia)と、2014年に開始した消化器がん患者を対象としたGI-SCREEN-Japan(現:MONSTAR-SCREEN)が統合した、産学連携がんゲノムスクリーニングプロジェクト。
広範な固形がん患者を対象に、がんの遺伝変化を調べる世界最大規模のプロジェクトであり、2015年2月の設立以降、約1万例を超える進行がん患者が研究に参加し、5つの新薬(6適応)と6つの体外診断薬の薬事承認を取得した。
全国から200を超える医療機関と17社の製薬企業や検査会社が参画し、アカデミアと臨床現場、産業界が一体となって、日本のがん患者の遺伝子異常に合った治療薬や診断薬の開発を目指している。
関連リンク:SCRUM-Japan
注7:IHC法/FISH法
IHCはimmunohistochemistryの略語であり、免疫組織化学的染色である。抗体を用いて、組織標本中の抗原(タンパク)を検出する方法。
FISHは、fluorescence in situ hybridizationの略語であり、蛍光物質や酵素などで標識したオリゴヌクレオチドプローブを用い、目的の遺伝子と交雑させて蛍光顕微鏡で遺伝子異常を検出する方法。
参照元:
国立研究開発法人国立がん研究センタープレスリリース
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