(文:オンコロ責任者 可知 健太)
がん医療の発展において臨床試験(治験;以下、治験)は欠かせないものであり、我が国では年間400試験ものがん領域の治験が実施されている。
しかしながら、『治験はどのように実施されているか?』などは一般的にはほとんど知られておらず、マイナスなイメージを抱く方も少なくない。そこで、オンコロでは患者さんやご家族と共に数多くの治験を行う病院へ治験体制を学ぶツアーを企画した。
今回、その無謀ともいえる企画に応じてくれたのは国立がん研究センター東病院(以下、東病院)である。国立がん研究センターを冠する東病院は、日本のがん研究の中心の一つであることは間違いなく、昨今話題のスクラム・ジャパンを主導する。
同席するのは、伊藤 誠さんと轟 浩美さん。伊藤 誠さんは悪性胸膜中皮腫ステージ3と診断され東病院に通う一人。轟さんはスキルス胃がん患者会 NPO法人 希望の会代表であり、故人である旦那さんは東病院で治験に参加しており、家族としてそのサポートを行った。
本企画は連載計4回構成にてお届けする。
第1回は「臨床研究(治験)コーディネーター」にフォーカスした(コチラ)。
第2回は「国立がん研究センター東病院の治験実施体制と今後の展望」について国立がん研究センター東病院 臨床研究コーディネーター室長兼消化管内科長であり、スクラム・ジャパンを主導する一人である吉野 孝之先生に伺った。
目次
東病院の未来への展望~世界に通用する治験実施体制を構築~
国立がん研究センターは東病院と中央病院あわせて年間650もの治験を実施する。その日本一のがんセンターの未来とは?
「日本の患者さんは勿論、世界中の患者さんが日本にきて治験に参加することを目指します。世界中の患者さんがアメリカのMDアンダーソンがんセンターやスローン・ケタリングがんセンターのように、『ここに入ったら何とかしてくれる』と集まるような病院。そういった治験実施体制を作りたいです。」
そのように語る吉野先生は世界を見つめる。そして、その先には『東病院の治験体制の国際化』という大きいチャレンジが待ち構える。
まずは、治験関係のドキュメント類のマルチ言語化。
「治験に参加するための同意説明文書がありますが、この同意説明文書をマルチ言語化します。日本語の他に韓国語、英語、スペイン語やポルトガル語などを用意します。」
中国や韓国を中心に日本で治験を受けたい患者さんは存在するが、治験に参加するには、治験の内容を同意説明文書というドキュメントにて説明を受け、署名しなければならないことが法律で決まっている。そのドキュメントが日本語にしか用意されていないことが日本の治験の国際化をはばんでいる。
そして、外国人の対応ができるスタッフ。
「臨床研究コーディネーター(CRC;以下、CRC)の国際化、海外のCRCが東病院で働いてもらう。こういったことは、他の病院では試したことはないと思いますが、いま、この取り組みを考えています。」
確かに、臨床開発歴10年の筆者は、外国人の臨床開発担当は沢山存在するのは知っているものの、外国人のCRCには出会ったことがない。
一方、外国人の患者さんが参加することで、日本人で参加できる患者さんが少なくなるという懸念が残るが、そうではない。昨今の国際共同試験はコンペティティブスタディというスタイルが主流であり、国ごとで参加できる患者さんの枠を競っているからだ。
「例えば、ある治験で、他の国が 50人の参加枠で3人しか入ってないのに、日本からは20人も30人も参加すると、『これ日本の力はすごい。アクティビティが高い』と判断され、『それであれば、日本の参加枠は50人から70人しましょう』と20名の患者さんの参加枠が追加されるようになるのです。
このように、日本の患者さんの悲劇を絶対作ることなく、更には70名となった枠のうち、外国人が10人だったら、日本人は60人参加できることになります。」
外国人も参加できることにより、日本のパフォーマンスが上がり、結果として日本人で参加できる患者さんも増えるということになる。
しかしながら、こういった交渉を世界的に行う研究者の存在が不可欠である。
「日本人の患者さんが参加できる予定人数を増やすという戦略を実践していきたい。日本で色々な国の患者さんが参加することで、日本人の参加できる枠を小さくしない。この コミニュケーションを海外の企業と英語で行いますが、それができる国際的な研究者がたくさん揃っているのは、日本で国立がん研究センターだけだと思っています。」
治験で結果を残さないと承認されない。その治験をより多く日本で行えるようにするために、国立がん研究センターのチャレンジは続く。
東病院の治験実施推移
治験を検討するタイミング
では、どのタイミングで治験への参加を検討すべきか?
「難治がん患者は、一番最初に標準治療をすすめられる例が多いです。後になってから治験の情報が得たときに、『抗がん剤を1度も受けたことがない』という参加条件がありました。自分たちの後悔があるとしたらその点です。」
と轟さんは吉野先生に質問した。
がん分野の薬剤開発は標準治療なくなった方を対象とする治験からスタートするのが一般的であるが、そういった治験にて有効性が証明されると、三次治療、二次治療、一次療法といった順番で、より早期の段階での有効性を検証する治験が行われることが多い。
「タイミングの問題というのがありますね。一次治療で治験を実施する場合は、今までの知見により、その時点での標準治療よりも圧倒的に有効であることが証明されています。たしかに、標準治療を受けてしまった人は参加できないものも多い。ただ、それはタイミングの問題です。ご本人にとっても最適な時期というのはその時期によって違います。残念ながらそのタイミングが合わないと悔しい思いをしてしまうのが現実です。それ故、一番いいのは早く承認をとること。使える自由度が広がるため、早く承認を取ることによって より多くの患者さんにメリットが生まれます。」
と吉野先生。
一方、標準治療とは、歴史の中で勝ち残ってきた治療であり、その時点の最も信頼できる治療法となる。それゆえ、どうなるかわからない実験的治療である治験よりも、標準治療を検討するのは至極当たり前なこと。標準治療がある場合は、標準治療を軸に治験はオプションと考えるべきである。
「医者は基本的に治験に患者を入れたいのではありません。その患者さんにとってのベストとは なにか。そのベストはタイミングや状況によって変わってきます。その病気の状況などの時間軸で、今だったら標準治療を受けるよりも治験がいいと思うタイミングがあります。治験はあくまでも実験的治療で、必ず患者さんにとってメリットがあるかはわからないです。絶対に効くとは限りません。自信をもっていえる時に勧める治験というのは、そういう時に医者の経験でこちらを受けた方が成功確率が高いんじゃないかと思うタイミングです。その時には、自信を持って『是非、治験を受けてみませんか』というような勧め方をします。」
治験は、治療の選択肢の一つになりうるかもしれないが、治療ではない。患者が治験に参加したくとも医師が勧めないこともあるが、このような背景があることを知っておくべきである。医師との信頼関係や対話の中で治験を検討することがよいということだ。
では、患者は、その家族は、どのようなことを備えればいいだろうか?
「自分にとって治験を選択することがベストとなるかはわかりずらいです。そのため、早い段階で自分の病態に対する理解を深めることが重要です」
自分の病気を知り、現在の状態を知り、どのような経過が想定されるかを知ったうえで、治療に臨むことが重要になる。
国立がん研究センター東病院で治験を受けるには?
冒頭で示した通り、国立がん研究センターは日本一治験を行っている医療機関である。
では、国立がん研究センターで治療されていない患者さんは、どのように この医療機関での治験の参加を検討すればよいのか?
「私の外来患者さんに大勢いらっしゃるのですが、普段は地元の病院で標準治療を受けていて、数カ月に1度地元の病院で撮影されたCT検査を受けた後に画像を持参されます。そのときに以前の画像と比べて『今の標準治療を続ければよいのでは』と説明する患者さんが多い一方で、『このタイミングで治験に切り替えたほうがよいのでは』と判断した場合は、治験実施の数カ月間当院に通院していただきます。」
このことは、もともと東病院で治療を実施している患者さん以外にも数多くの患者さんが治験に参加していることを物語る。
「標準治療の診療を受ける地元の病院と、東病院を行き来する。上手に当院を利用するアイデアもあるということです。患者さんがその調整をするのは大変なため、我々が地元の病院の先生方と調整して患者さんが動きやすいシナリオを作るのが仕事だと思っています。」
標準治療にて治療を実施しているときから東病院にも定期的に受診をして、主治医と東病院の医師と一緒に治療戦略を検討するといったことを活用する。そういったことが先ほど示した『タイミング』を検討するうえで一番良い方法ではないだろうか。
その一方で、地元近くで治験を実施している場合は、その病院を紹介することも行っているとのこと。
「たとえば、神戸在住の患者さんが治験を受けたい場合は、同じ治験を実施している大阪の先生に電話します。これは医者のモラルです。持参された紹介状に東病院より一筆加えて紹介状を出す。サービス精神の問題です。それでも、本当に当院に通院されたい場合は仕方がありませんが、なにかあったら神戸の主治医に点滴応急していただく、などの連携を取っています。」
自身の患者さんでなくとも、その患者さんにとって一番ベストな手法を考える。それが、医師の役目であるということだ。
なお、他の病院で治療中に上記のような診察を受けるには、セカンドオピニオンを受けることから始めることが多いようだ。各医師ごと考えが若干異なることもあるが、まずは、セカンドオピニオンを受け、治験を含めて相談いただくことから始めることをお勧めする。
日本の治験の総本山
最後に、吉野先生に、治験参加を検討する患者さんへのメッセージを聞いてみた。
「治験という言葉を聞くと、自分が実験されるようで抵抗感をもたれる方もいらっしゃると思います。ぜひ国立がん研究センター東病院にご来院ください。そのような世界ではないということに驚かれると思います。
あくまでも患者さんの意志がいつでも優先されます。その意志とは、一度受け入れたら途中で抜けられない、ということでもありません。いつでも患者さんが「止めたい」ということであれば、その時点での患者さんの気持ちが最優先されますので、いつでもその治験を止めることができます。
当院では年間500人の患者さんが治験に参加されます。1度参加された方は、2回目、3回目と参加を希望されます。それはなぜか。手厚い医療だからです。CRCを含めた手厚い医療があり、治験に入ることにより、『実験的な治療かと思っていたら、こんなにも手厚く細かくチェックをしてくれる。そこには専属のCRCというコーディネーターがいて、それをしっかり見る医師がいる』という医療環境が整備されています。是非一度、説明を聞くだけでも価値があるのではないでしょうか。
当院は日本の治験の総本山です。この病院にない治験は国内にありません。最新の薬、最新の有望な治験を考えられるのであれば、まず当院にご来院ください。」
治験特集『国立がん研究センター東病院の治験実施体制』について
いかがだったでしょうか。
今回の企画は2017年のOMCEにて吉野先生が講演したときの雑談により発展した企画となります。
吉野先生は国際的に著名なオンコロジストの一人であり、様々な難しいミッションにチャレンジしておられます。
その中で、世界で勝負できる国立がん研究センターへと治験実施体制の国際化を進めており、そして、一人一人の患者に真摯に接していることを、この取材で改めて感じました。
本企画は以下の2つの意図があります。
1つは、国立がん研究センター東病院の治験実施体制を知っていただき、東病院で加療していない方にもどのような体制であるかを想像しやすくすること。
もう1つは、治験を検討している方に治験ということをより理解していただくために、治験の一般的な質問について東病院の先生、CRC、治験事務局担当などが回答すること。
です。
VOL.1となる以下に続き、今回は前者に注目しながら、東病院の未来について書かせていただきました。
治験特集『国立がん研究センター東病院の治験実施体制』 VOL.1 臨床研究(治験)コーディネーターのお仕事
今後、VOL3「治験事務室、薬剤部、病理・検査部門等の体制等」、VOL4「取材時に聞いた治験に関する質問」を示す予定です。
私の遅筆により、かなりアップデートが遅れていることを猛省し、早く皆さんにお届けしたいと考えております。
吉野先生と設楽先生のセミナーについて
以下、吉野先生と消化器内科の設楽先生が講師となりますセミナーを開催します。興味のある方はご参加ください。
がん医療セミナー ONCOLO Meets Cancer Experts(OMCE)第32回
日時:2018年8月24日(金) 開場:18:30 開演:19:00
講師:吉野 孝之 先生(国立がん研究センター東病院 消化管内科長)
詳細はコチラ
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