元フジテレビアナウンサーで、現在フリーアナウンサーとして活躍する笠井信輔さん。独立2ヶ月後にがん告知を受け、その時の心境や治療中の支えなどの一連の闘病を綴った新著『生きる力 引き算の縁と足し算の縁』(KADOKAWA刊)を、11月18日に刊行した。後編で闘病を通じて感じたこと、今後の活動について伺った。
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目次
聞いたこともない不思議な治療を教えてくる人がいた
柳澤:取材記事【前編】では、SNSのポジティブな側面をお話しいただきましたが、実際の血液がんの治療は過酷ですよね。その過酷さは想定以上でしたか、それとも想定の範囲内でしたか?
笠井さん:両方あります。想定以上だったのが、倦怠感です。入院中の大半は何もしたくない状態でした。当初主治医から「最低4ヶ月は入院する」と言われていました。不安な一方で、その4ヶ月間で仕事でもある映画を何本見ることができるか楽しみでした。しかし、実際はほとんど見ることができず、最低限、連載コラムに必要な映画だけ見ました。申し訳なかったのは、お見舞いにもらった励ましの本やがんについての本を一切読めなかったことです。抗がん剤でそのくらい大きなダメージを受けました。
しかし4ケ月間ずっと辛いわけではなく、波があるんです。初めの2週間は辛く寝たきりの状態でしたが、最後の1週間はまるで治ったかのような元気さがありました。治療中にこんなに体調のアップダウンがあることに驚きましたが、元気な時間があることが嬉しかったです。
加えて一連の治療を通じ、医療の進歩のありがたみを感じました。支持療法の進歩によって、入院中は吐き気すらほとんど起こりませんでした。吐き気が起きないことは重要で、食欲がなくても食べることはできるんです。食べるのも治療の一環だと思い、ムリにでも食事をしたおかげで体重減少を抑えることできました。そんなことから、げっそり痩せた姿を見せ、周りを心配させることは少なかったと思います。
自身のがん体験を通じて、がんの先輩の話を聞くことは重要である一方で5年前、10年前の治療の話を聞いても参考にならないと言われる理由がよくわかりました。同じがんでも使う抗がん剤も違えば、副作用を抑える薬も、入院中の環境も違います。また本も同様のことが言えます。10年前の名著であっても今は古書といいますが、その通りだと思います。だからがん情報においても「オンコロ」のような最新の情報をネットで発信することが非常に重要です。しかし添付文書を見ると副作用が十数個書いてある。勉強家であればあるほど、心が病んでしまうのではないかと思いました。
柳澤:勝俣先生(日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授)も同じことをおっしゃっていました。情報に細かくアクセスする人や、経済的に余裕がある方は、誤った医療を受ける傾向があると。芸能系の方は闘病記を読んでいても、誤った治療を受けている方が多いように感じますが。
笠井さん:そうですよ、私のところにも聞いたこともない不思議な治療を教えてくる人が何人もいましたから。
柳澤:そんなことから、笠井さんのような立場で、標準治療について発信することは非常に珍しいことであったように思います。
笠井さん:私は標準治療で、全て3割負担で、高額療養費制度を利用し治療を受けました。ただ、周りの方は「笠井さんはきっと特別な治療を受けたのでしょう」と言われました。しかし、本にも書きましたが私の主治医は私のことも知らなければ、「とくダネ!」も見ていない方でしたから(笑)。私にだけ特別なことはやってくれるはずもありません。一方でそう思われるのも仕方ないことだと思います。私もがんに罹患する前、芸能人の方ががん治療を受けて、早く復帰したケースを目にすると、「特別な治療を受けたんだろう」って思っていましたから。
元気な姿で発信することが使命だと思った
柳澤:入院時から積極的な発信をし、4ヶ月半の治療を経て、現在は完全寛解と主治医から言われました。今後ご自身でやっていきたいと思っていることを教えて頂けますか?
笠井さん:自分が目指していた寛解を超えた、完全寛解と言われ、ステージ4でも諦めなくて良かったと思いました。自分がここまで来ることができたことは一つの事実です。SNSを始めた当初は、先輩のがんサバイバーの方のコメントに励まされましたが、数ヶ月すると後輩のがんサバイバーの方が増えてきました。その方々には「治療の事細かな発信で見通しが立ちました。笠井さんは希望の星です!」といったメッセージをいくつももらいました。そこで初めて気づきました。私の今の姿、発信は自分の生き死にの問題だけではなくなっていると。ここで私が治療途中に挫けてしまうと多くの患者やその家族を悲しみに陥れてします。だから、私はテレビに戻らないといけないし、元気な姿で発信することが使命だと思うようになりました。
悪性リンパ腫と診断を受けるまで4ヶ月かかり、ステージ4と最悪の状況でしたが、でも最短の4ヶ月で退院することができ、現在は完全寛解となりました。こんな治療経過をたどった私だからこそ発信する意味があるのだと思っています。がんの知識を普及する活動をオンコロさん、キャンサーネットジャパンさんやキャンサーXさんと一緒に取り組んでいきたいと思っています。
一方で考えることもあって、私の様に治った人は良いのですが亡くなる方もいる。実際に私の元にも「あなたは治ったから良いよね」と言ったメッセージを見聞きするので複雑にも思いますし、申し訳ない気持ちにもなります。しかし幸い私は元気になったのに、そうではない姿を見せるのも違うなと思い、ある種割り切るようにしています。告知を受けた際に様々な方のブログを読みましたが、中には壮絶な亡くなり方をしている人もいらっしゃいます。罹患して間もない方が見ると落ち込んでしまいます。だから、完全寛解した一つのケースとして私のブログも見てもらえたら嬉しいです。
柳澤:今のお話を聞き、我々も情報発信していく上で覚悟をもって臨まないといけないと改めて感じました。最後に読者の方へのメッセージと著書に込められた想いを聞かせてください。
笠井さん:この本では、がん告知を受けどん底に落とされたところから、どうやって気持ちの整理をつけてがんと向き合ってきたのかをまとめました。がんになるといろいろなものが失われます。仕事や、家族との時間、プライベートな時間など、「引き算」に考えてしまいがちです。
しかし私には9年前の東日本大震災の取材を通じた気づきがありました。震災当初は、被災者の方々は亡くなった家族や友人や流された家のことをお話しされていました。しかし2週間経つと友人と再会できた、ボランティアの方と知り合えた、地震が起きたので笠井さんと知り合えたなど、どん底の中でも新たに見つけた縁の話をする方が増えてきました。つまり「足し算」の考え方です。そうした方々が復興の中心人物になっていきました。
自分ががんになって、今度は私が「足し算」の考え方を実践する番だと思いました。がんになったから、医療従事者の方々、SNSを通じて知り合った方々、がんの支援活動をされている皆さんと知り合うことができました。出会い以外にもあります。フリーになる前は忙しくて家族との時間が殆ど取れなかったのですが、治療に入り家族との時間が増えた。そうしたことの積み重ねが困難を乗り越える力になりました。
また、この書籍では最高の治療、つまり標準治療を受ける患者として必要なことについても綴りました。患者は受け身ではなく、自身の状況や希望を医療従事者に的確に伝えることが大切です。そういった面でも色々と参考にしてもらえたらと思っています。
柳澤:病気とどう付き合っていくか、この時代だからこその情報発信など、過去のがん闘病記にはない書籍でした。長時間にわたりご協力ありがとうございました。笠井さんの今後のご活躍を祈念しています。
(文・鳥井 大吾)
<後編 編集後記>
笠井さんのがん闘病後のご活躍は、皆さんも知る通りです。
インターネット上のがん情報は、正しいとは言えない情報が氾濫し、時には患者、家族にとっては有害な情報もあります。
そのような中で、ご自身のがん罹患、闘病、そして闘病後には、患者視点にたったウェブを通じての情報発信や今回の書籍の上梓、多くの方にとって有益なものであると思いました。
ご縁あって今回の取材の機会を頂き、また、闘病後には、がん情報サイト「オンコロ」上で、「笠井信輔のこんなの聞いてもいいですか」と題したプログラムをスタートしました。
現在、以下の2本の動画を配信しています。『生きる力 引き算の縁と足し算の縁』と同様、是非、ご覧頂ければと思います。
笠井信輔のこんなの聞いてもいいですか
「がんと新型コロナ」https://oncolo.jp/feature/mrkasai01
「インチキ治療に騙されるな!」https://oncolo.jp/feature/mrkasai02
生年月日:1963年生まれ
出身地:東京都出身
血液型:A型(Rh-)
1987年フジテレビアナウンス部入社後2019年10月よりフリーになる。
趣味の映画鑑賞は新作映画を年間130本以上スクリーンで観るほど。
舞台鑑賞は特にミュージカル、とりわけ宝塚歌劇団好き。
趣味:映画鑑賞 舞台鑑賞 カラオケ
公式ブログ
https://ameblo.jp/shinsuke-kasai/
公式インスタグラム
https://www.instagram.com/shinsuke.kasai/
著書 生きる力 引き算の縁と足し算の縁
https://www.amazon.co.jp/生きる力 引き算の縁と足し算の縁