米国臨床腫瘍学会(ASCO)は、直近のがん研究の動向についてまとめたレポート「15th Clinical Cancer Advances 2020」を発表した。
同レポートは、がんの幅広い領域を網羅する専門家20名以上からなる編集者が、2018年10月から2019年9月に公表された査読付き専門誌や主要学会の発表内容などに基づき、がん患者の臨床転帰改善に重要と考えられ、かつ科学的に強力なインパクトのある注目すべき研究成果を選出した。また、臨床上の意思決定の基礎となり得る重要な情報、知見につながる今後の研究課題の優先分野を提示した。
目次
2020 Advance of the Yearは「外科治療の進歩」
2020 Advance of the Yearは、がんの外科治療(摘出術、手術)が選ばれた。これは、薬物療法の進歩が反映されたもので、昨今は手術の役割、位置付けが大きく変わった。例えば、ネオアジュバントと呼ばれる術前の全身薬物療法を行うことで、摘出する組織の量や切除範囲を抑え、侵襲性を極力少なくすることで、手術可能症例数を増やすことができるようになった。
そうした意味で、最も成功した代表的ながん種として同レポートに挙げられたのは、進行性悪性黒色腫、腎細胞がん、ならびに膵臓がんである。悪性黒色腫では、ネオアジュバントと免疫療法の併用療法を行うことで、切除範囲が小さく侵襲性の少ない手術でも治療を成功に導くことが可能になった。腎細胞がんでは、分子標的薬を投与することで即時手術を回避可能になった。すい臓がんでは、薬物療法を先行させることで、その後の手術可能症例数が増加した。
さらに、外科治療の他に重要な進歩を遂げたとされるのは、ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン、転移性すい臓がんの個別化医療、併用療法を構成する薬物のタイプ、そして難治がんに対する分子標的薬の数についてである。HPVワクチンは子宮頸がん撲滅の目的で予防プログラムとして導入されてから時間が経ち、リアルワールドの長期データに基づき、同ワクチンの貢献度が可視化しつつある。転移性すい臓がんは、従来からの治療の困難さが共通認識でありながら、バイオマーカー研究の進歩により患者個別の治療可能性が見えてきた。薬物の併用療法は、毒性を増大させない組み合わせが種々試みられ、構成する薬物のタイプが明らかになりつつある。また、分子標的薬の種類が増えてきたことで、難治がんに分類されるがんの患者にも希望をもたらすとしている。
がん研究のさらなる促進に向けた重点分野を提示
同レポートでは、これまでの研究成果から見いだされた課題に基づき、がん研究をさらに加速させるために優先させるべき重点分野として、以下の8項目が挙げられた(優先順位とは無関係)。
- 免疫療法の有効性や抵抗性を予測する戦略の明確化
- 手術範囲を最小化するための全身薬物療法の最適化
- 小児がんや希少がんを対象とする精密医療を含めた治療研究の活発化
- 高齢患者に対する治療やケアの最適化
- 臨床試験への参加機会の公平化
- がん治療による有害事象など悪影響の抑制
- がんの発生と転帰におよぼす肥満の影響の抑制
- 前がん病変の同定方法の最適化と至適治療時期の決定
米国のがん研究は中央政府案件
米国におけるがん研究は、中央政府が多額の予算を付ける重要案件である。中央政府による投資に納得している国民も多いという。例えば、がんの治療や治癒を実現するための政策には、たとえ国民自身が増税や他の損失を引き受けるとしても、多くの予算を付けた方がよいと回答した割合は67%にのぼるという調査結果もある。
今回のASCOレポートで選ばれた研究では、米国立衛生研究所(NIH)と米国立がん研究所(NCI)の資金提供で行われている研究成果が目立っており、その4分の1近くがNIHとNCIの一部資金を活用している。なお、米国連邦議会は2020財政年度、NIHへの予算を26億ドル(約2774億円)積み増している。
こうした背景から、現在のがん研究の進歩は、過去数十年にわたる国からの投資強化によって達成してきた部分が大きい。1991年にピークであった米国のがん死亡率は27%低下し、2000年代になってからは、がんを原因とする死亡を回避できる国民が260万人以上増加した。2006年以降、米国食品医薬品局(FDA)の承認を取得したがんの新薬や新治療法は150種を超え、がんと診断された患者の3人中2人は診断から5年以上生存している。
参照元:
ASCO’s 15th Annual Report on Progress Against Cancer
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