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「がん悪液質」の治療薬登場で食欲不振や体重減少に悩む患者のQOL改善に期待

  • [公開日]2021.06.18
  • [最終更新日]2021.06.18

 がんの進行や治療の影響による食欲不振や急激な体重減少に悩むがん患者は少なくない。そんな症状に悩む人に朗報だ。通常の栄養サポートをしても体重や骨格筋が減少する「がん悪液質」に対する治療薬が国内で初承認され、4月に発売が開始された。対象は、非小細胞肺がん、胃がん、膵がん、大腸がんによる悪液質の患者だ。日本サポーティブケア学会Cachexia(悪液質)部会長で京都府立医科大学大学院呼吸器内科学教授の高山浩一氏が、6月7日、小野薬品工業のメディアセミナーで「がん悪液質治療薬の登場で変わる、がんサポーティブケア」と題して講演。がん悪液質とその治療について解説した。

目次

衰弱して命を落とす原因にもなる「がん悪液質」


京都府立医科大学大学院 呼吸器内科学
高山 浩一 教授

 がん悪液質は、がんに伴って体重や骨格筋量の減少、食欲不振などの症状が出て、さまざまな機能障害、代謝異常が起こる症候群だ。国際的には、「通常の栄養サポートでは完全に回復することができず、進行性の機能障害に至る、骨格筋量の持続的な減少(脂肪量減少の有無にかかわらず)を特徴とする多因子性の症候群」と定義される。

 悪液質になりやすいかどうかはがん種によって異なり、膵がん、胃・食道がん、頭頸部がん、肺がん、大腸がんは有病率が高く、これらのがんは体重減少率も高い。膵がん、胃・食道がんなどの消化器がんは早い段階から体重が減るのに対し、肺がんでは徐々に体重が減少する傾向があるという。

 悪液質が問題なのは、がんの患者の命を奪う原因になるからだ。「がんの患者さんが亡くなる原因で最も多いのはがん悪液質です。がんの患者さんの4分の1の23%が、悪液質によって命を落としています。肺がん、消化器がんでも悪液質を合併している患者さんは、予後が悪く、悪液質がない患者さんより生存期間が短い傾向があります」と高山氏は指摘した。

安静時にも過剰にエネルギーを消費し骨格筋まで減少するのが特徴

 がん悪液質による体重減少は、ダイエットによる減量とは体へのダメージが異なる。ダイエットではエネルギー消費を少なくしてできるだけ骨格筋が減らないように体の防衛反応が働くのに対し、悪液質の場合には脂肪だけではなく本来は守らなくてはならない骨格筋まで分解し、安静時でもエネルギー消費が増える。食欲が落ちて入ってくるエネルギーも減っているのに消費量が増えるので、じっとしていても体重と骨格筋が減ってしまうわけだ。

「がん悪液質が起こる最初のきっかけは炎症です。がんというのは治らない傷だと言われます。傷を修復しようと『炎症性サイトカイン』というものがどんどん出てくるのですが、いつまでも傷が治らないから炎症性サイトカインが出続けて慢性炎症が続きます。それによってエネルギー代謝の効率が悪くなって最終的に骨格筋の減少が起こると考えられています」と高山氏は、悪液質が起こるメカニズムを説明した。

 がん悪液質かどうかは、下記の①、②、③のいずれかに該当するかで診断する。①~③のどれかに当てはまり、食欲不振、疲労や倦怠感、全身の筋力低下や炎症がみられたらがん悪液質だ。

① 過去6カ月間の体重減少が5%を超える
② BMIが20以下、体重減少2%を超える
③ サルコペニア、体重減少が2%を超える

 また、がん悪液質には、前悪液質、悪液質、不応性悪液質の3つのステージがある。「現実的には境目がはっきり分からず、3つのステージの間を行ったり来たりしながら、だんだん治療が効かない不応性悪液質へ移行していきます」(高山氏)


(高山浩一氏、講演資料より)

アナモレリンが効くと食欲が増進し骨格筋が有意に増加

 がん悪液質に対しては、栄養療法に加えて、これまでコルチコステロイド、解熱鎮痛剤のNSAIDs、エイコサペンタエン酸、プロゲステロン剤などが試されてきた。しかし、どの薬にも副作用があって長期間の投与は難しく、がん悪液質が適応症の薬はこれまでなかった。そんな中、世界でも初めてがん悪液質の薬として承認されたのが、グレリン様作用薬・アナモレリン塩酸塩(商品名・エドルミズ)だ。視床下部の摂食中枢を刺激して食欲を亢進させ、脳下垂体などに作用して成長ホルモンの分泌を促しタンパク質の合成を促進するといったように、空腹ホルモンのグレリンとほぼ同じような作用が期待される。

 アナモレリンは1日1回2錠(100mg)を服用する経口薬。空腹時に服用し、その後1時間は絶食する必要がある。適応症は、切除不能な転移・再発の非小細胞肺がん、胃がん、膵がん、大腸がんで、栄養療法などで効果不十分な悪液質の患者だ。6カ月以内に5%以上の体重減少と食欲不振があり、①疲労または倦怠感、②全身の筋力低下、③CRP値が0.5mg/dL超、ヘモグロビン値12g/dL未満またはアルブミン値3.2g/dL未満――のうち、2つ以上を認めることが条件になっている。

 非小細胞肺がんに伴うがん悪液質患者174人を無作為にアナモレリン群(84人)、プラセボ(偽薬)群(90人)に分けて12週間投与した治験では、アナモレリン群で平均1.38kg徐脂肪体重(骨格筋)が増加した。プラセボ群では平均0.17kg徐脂肪体重が減っており、アナモレリン群とは明らかな差がみられた。アナモレリン群では3週後までに体重が増えてそのまま12週までほぼ同じ体重を維持した。

 治験では、日本人向けの「がん薬物療法におけるQOL調査票」を用いて食欲関連項目スコアの変化をみている。その結果、アナモレリン群で有意に食欲が増加した。ただし、筋力に関しては、アナモレリンの投与による明らかな改善はみられなかった。

 消化器がん(大腸がん、胃がん、膵がん)に伴うがん悪液質患者49人を対象に、アナモレリンを12週間投与した治験では、63.3%(31例)の患者がこの薬による効果がみられるレスポンダーだった。レスポンダーとは、徐脂肪体重が投与前より増加するか維持し、調査期間中は減少しなかった患者のことだ。消化器がんでもレスポンダーの体重は服用を始めて3週間で増加し、12週まで維持された。消化器がんの患者の場合、食欲は服用を始めて1週目には食欲が改善し、「食事がおいしい」と感じる人も増加した。高山氏は、「治験をやっていたときの個人的な印象では、薬を飲み始めて数日で食欲が上がります。早い患者さんだとその日のうちから食欲が改善します」と話した。

血糖値の上昇、肝機能障害、徐脈の副作用に注意

 ただし、この薬にも副作用はある。非小細胞肺がんの治験ではアナモレリン群の41.0%(34例)に副作用が認められ、重篤な副作用は2.4%(2例)、グレード3以上の副作用は7.2%(6例)だった。消化器がんの治験では、全体では42.9%に副作用が認められ、4.1%(2例)に重篤な副作用、投与中止に至った副作用とグレード3以上の副作用が10.2%(5例)にみられた。主な副作用は、成長ホルモンの分泌が促されることによる血糖値の上昇や肝機能障害だ。心電図QRS群延長という心臓関連の副作用も6.1%(3例)起こっている。

 この薬は、服用を始めてから3週後に効果が認められるかどうか一度評価をし、そのときに体重増加や食欲改善が見られない場合には、原則中止することになっている。また、治験では12週間の投与しかされていないため、それを超えて服用する場合には、「体重、問診による食欲の確認をし、定期的に投与継続の必要性を慎重に検討すること」と添付文書に記されている。

 なお、アナモレリンの投与によって、心臓を動かすために必要なナトリウムチャンネルを阻害し、脈が遅くなる徐脈が起きる恐れがある。そのため、うっ血性心不全、心筋梗塞または狭心症、高度の刺激伝道系障害(完全房室ブロックなど)のある患者には禁忌だ。また、この薬の代謝に使われる酵素の働きを阻害する薬を使っている人、中等度以上の肝機能障害、消化管閉そくなどで食事の経口摂取が困難な人にも使用が禁止されている。心筋梗塞や狭心症などの既往歴、心臓に対する影響があるアントラサイクリン系の抗がん剤などの投与歴、糖尿病の患者にも慎重な投与が求められている。

運動療法、栄養療法を併用したチーム医療が悪液質改善のカギ

 一方、課題は、アナモレリンを服用して骨格筋量が増えてもそれだけでは筋力の増加にはつながらないことだ。「筋肉量が増えても負荷がかからないと筋力は改善しないのではないかと考えています。アナモレリンを服用する場合にも運動プログラムを一緒にやって、筋力の維持に努めて欲しいです。悪液質の克服には薬物療法と合わせて、運動療法、栄養療法も必要です。医師、看護師、薬剤師、理学療法士、栄養士などさまざまな職種によるチーム医療で、がん悪液質の改善、身体機能とQOLの維持・改善を目指すことが重要です」と高山氏は強調した。


(高山浩一氏、講演資料より)

 がん患者の食欲不振や体重減少は、「何とか食事をさせたい」と考える家族や介護者と、「どうしても食べられない」患者との間に軋轢を生み、精神的なストレスの原因になる。高山氏は、「がん悪液質という病態を多くの方に知っていただきたい」とし、そのツールとして、日本サポーティブケア学会の「がん悪液質ハンドブック」とNPO法人キャンサーネットジャパンが発行した冊子「もっと知ってほしい がん悪液質の予防と改善のこと がん治療中の食欲不振、体重減少」を紹介した。

 がん悪液質の治療薬であるアナモレリンは、がんサポーティブケアと呼ばれる支持医療の薬だ。支持医療薬の制吐剤の進歩によって吐き気・嘔吐の副作用が軽減され、外来での化学療法が可能になったように、がんの治療薬と支持医療は車の両輪のようにがん薬物療法の進歩を支えている。

 がん悪液質が薬で改善できる可能性が出てきたというのは、非小細胞肺がん、胃がん、膵がん、大腸がんの患者にとっては福音だ。「この薬自体ががんの進行を抑えることはありませんが、がん悪液質の改善によって治療が継続できる患者さんが増えることを期待しています。悪液質によって今まで治療を中断せざるを得なかった患者さんの治療が継続できるようになれば、それが予後の改善につながる可能性はあると考えています」と高山氏。食欲不振、体重減少に悩むがん患者のQOLの維持・改善のためにも、がん悪液質に関する支持医療のさらなる進歩に期待したい。

(取材・文/医療ライター・福島安紀)

関連リンク
■日本サポーティブケア学会 がん悪液質ハンドブック
■キャンサーネットジャパン もっと知ってほしい がん悪液質の予防と改善のこと がん治療中の食欲不振、体重減少

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