2016年5月、ラムシルマブ(商品名サイラムザ)は治癒切除不能の進行・再発結腸・直腸がん(大腸がん)の治療薬として厚労省による承認を取得した。同適応症では、米国で2015年4月、欧州で2016年1月に承認されている。
その承認の根拠となった国際共同フェーズIII試験(RAISE、JapicCTI-111571)では、一次治療の期間中、または治療後に増悪した転移性結腸・直腸がん患者の二次治療として、化学療法FOLFIRIのみを受けた対照群と比べ、FOLFIRIにラムシルマブを併用した群は主要評価項目の全生存期間(OS)が有意に延長した(ハザード比(HR)=0.844、p=0.0219)。さらに、副次評価項目の無増悪生存(PFS)期間も有意に延長した(HR=0.793、p<0.0005)。FOLFIRIのみの二次治療ではOS、PFS期間ともにラムシルマブ併用群のおよそ8割にとどまってしまうことが統計学的に証明され、ラムシルマブを追加することの臨床的意義が明確となった。
上記の全解析対象の結果は、2015年のLancet Oncol誌(16巻499-508頁)に掲載された。
ここでは、チェコMasaryk Memorial Cancer InstituteのRadka Obermannova 氏らがRAISEにおけるラムシルマブ併用の価値を掘り下げたサブグループ解析の結果を紹介する。ラムシルマブをFOLFIRIに追加することの有用性がKRAS遺伝子変異の有無、一次治療開始後から進行するまでの時間(TTP)、および年齢といった背景因子による差はなく、一貫していると結論された。2016年8月29日のAnnual of Oncology Onlineに掲載された。
目次
ラムシルマブは血管新生阻害作用を介して抗腫瘍効果を発揮する
ラムシルマブは血管内皮増殖因子(VEGF)受容体(VEGFR2)を認識する完全ヒト型モノクローナル抗体。腫瘍に酸素や栄養を供給するための血管を形成する際に機能する蛋白質VEGF-A、VEGF-C、およびVEGF-Dとこれらの受容体であるVEGFR2との結合を阻害する。VEGFR2と上記リガンドとの相互作用による腫瘍血管新生が、がんの進行に大きく寄与すると考えられている大腸がんや胃がん、肺がんなどで、ラムシルマブによる血管新生阻害作用ががん治療を改善すると期待されている。
日本では2015年3月、治癒切除不能の進行・再発の胃癌で承認を取得し、2015年6月に発売された。治癒切除不能の進行・再発の結腸・直腸癌の適応追加承認後まもなく、2016年6月には切除不能の進行・再発の非小細胞肺癌の適応追加も承認された。
試験概要
RAISEは日本、米国、欧州など全世界の214施設で2010年12月に開始された無作為化二重盲検試験で、ベバシズマブ+オキサリプラチン+フッ化ピリミジン併用の一次治療の期間中、または治療後に進行・再発した患者計1072人が登録された。FOLFIRI対照群、またはFOLFIRI+ラムシルマブ併用群に536人ずつ割り付け、ラムシルマブは8mg/kgを2週毎に静注した。FOLFIRIは切除不能の進行・再発結腸・直腸がんの標準治療として広く用いられており、イリノテカン、5-フルオロウラシル(5-FU)、および葉酸薬としてのロイコボリンからなる併用療法である。背景因子別の全生存期間(OS)、および無増悪生存(PFS)期間の中央値はカプラン-マイヤー法により算出し、治療下で発現した有害事象も背景因子別に集計した。
背景因子別の全生存期間、無増悪生存期間の群間比較
ラムシルマブ併用群がFOLFIRI対照群を有意に上回った背景因子別生存項目は、RAS遺伝子野生型集団(ラムシルマブ併用群267人、FOLFIRI対照群275人)における全生存期間(OS)中央値(各14.4カ月、11.9カ月、HR=0.82、p=0.049)、同集団における無増悪生存(PFS)期間中央値(各5.7、4.7カ月、HR=0.77、p=0.004)、一次治療開始後から進行するまでの時間(TTP)が6カ月以上の集団(各411人、407人)におけるPFS期間中央値(各5.8カ月、5.5カ月、HR=0.83、p=0.013)、TTPが6カ月未満の集団(各125人、129人)におけるPFS期間中央値(各5.2カ月、2.3カ月、HR=0.68、p=0.0042)、および年齢65歳未満の集団(各288人、290人)におけるPFS期間中央値(各5.6カ月、4.3カ月、HR=0.77、p=0.0027)であった。
以上のように、KRAS遺伝子野生型、TTPが6カ月以上もしくは6カ月未満、および年齢65歳未満の患者集団では、ラムシルマブをFOLFIRIに追加する二次治療により、増悪することなく生存している時間が有意に延長すること、KRAS遺伝子野生型の患者集団では生存している全期間も有意に延長することが示された。統計学的有意差には達しなかったものの、KRAS遺伝子変異型や65歳以上の患者集団におけるOS、PFS期間、TTPが6カ月以上、6カ月未満の集団におけるOSなどすべてで、ラムシルマブ併用群の生存期間はFOLFIRI対照群より長く、OS中央値は10.4カ月から14.4カ月、PFS期間中央値は5.2カ月から5.8カ月の範囲内で一貫性があった。FOLFIRI対照群のOS中央値は8.0カ月から12.5カ月、PFS期間中央値は2.3カ月から5.5カ月の範囲内であった。
また、同じラムシルマブ併用群の中でも、KRAS遺伝子野生型と変異型、TTPが6カ月以上と6カ月未満、そして65歳以上と65歳未満で生存ベネフィットの差は認められない、すなわち有意なサブグループ間相互関係はないことが確認された。これらの解析結果を踏まえ、がん専門医は、二次化学療法にラムシルマブを追加することの有用性を認めるだろうと考察された。
高齢患者の安全性も検証
一般に、化学療法を受けること、あるいは感染症といったストレス要因に対する代償として、生理学的機能や臓器機能は加齢により低下するため、化学療法の種類によっては有害事象の発現頻度増加や重症化が懸念される。RAISEにおける全有害事象の発現率、およびグレード3またはグレード4の有害事象の発現率は、65歳未満、65歳以上のいずれの集団でもラムシルマブ併用群の方がFOLFIRI対照群と比べ高かったが、65歳未満、以上の集団間の差は認められなかった。ラムシルマブ併用群ではFOLFIRI対照群と比べ、グレード3以上の好中球減少症(各38.4%、23.3%)、およびグレード3以上の高血圧(各11.2%、2.8%)が多く認められたものの、発熱性好中球減少症はいずれの治療群でも少なく(約3%)、高齢患者で特に増加することはなかった。患者数は少なかったが、75歳以上の集団でも特に増加することはなかった。
大腸がん治療の上乗せ効果を付与する分子標的薬として
結腸・直腸がん(大腸がん)はがん全体の第2位で、日本の全国推計患者数は124921人、がん死因第3位である(2011年)。毎年約5万人が大腸がんで死亡している。切除不能の進行・再発大腸がんの治療は、分子標的薬の登場により一次治療から三次治療まで複数の治療を欧米とほぼ同様のガイドラインで選択できるようになった。ラムシルマブの承認取得前まで、分子標的薬はVEGFを標的とするベバシズマブ、上皮増殖因子受容体(EGFR)を標的とするセツキシマブ、およびパニツムマブであった。いずれもモノクローナル抗体医薬である。これまでの知見では、EGFR標的のセツキシマブ、パニツムマブはKRAS遺伝子野生型患者に有用で、ベバシズマブは遺伝子型によらない効果を発揮するとされている。この違いについては、EGF-EGFRシグナルへのKRAS遺伝子の関与など様々な研究結果が報告されている。
KRAS遺伝子型のみならず、ベネフィット-リスクの均衡を変化させ得る患者個別の背景、条件があるのは当然とし、化学療法併用の治療ラインナップに複雑に組み込まれる分子標的薬について、様々な研究・解析手法を駆使してその上乗せ効果を明確化することが治療選択の重要な根拠となり得る。
リサーチのお願い
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