2020年11月27日、血管新生阻害剤(VEGF阻害剤)であるサイラムザ(一般名:ラムシルマブ、以下サイラムザ)は、承認事項一部変更承認により上皮増殖因子受容体(EGFR)遺伝子変異陽性の「切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌」に対して「エルロチニブ塩酸塩またはゲフィチニブとの併用療法」が適応追加となり、併せて現在適応を取得している全がん腫において、2回目以降の投与時間を60分から30分へ短縮することが可能となった。
これを受け、日本イーライリリー株式会社は2020年12月9日、オンラインセミナーを開催。サイラムザの適応追加の基になったRELAY試験の治験責任医師である近畿大学医学部内科学教室腫瘍内科部門主任教授の中川和彦氏が講演した。
目次
日本人に多いEGFR遺伝子変異陽性肺がんとその治療薬
近畿大学医学部内科学教室腫瘍内科部門主任教授 中川和彦氏(日本イーライリリー株式会社提供写真)
肺がんは世界で年間210万人が新規で罹患し、180万人が亡くなる死亡率の高いがん腫である。一方、日本では年間12万5千人が新規で罹患し、死亡者は7万4千人と報告されている。世界と比較すると致死率が低いことから、日本における肺がんの治療成績は世界的に見てもトップクラスであることが伺える。
EGFR遺伝子変異は東アジア人、女性、非喫煙者、腺がんに多く認められており、米国と比較すると日本人での頻度は高く、腺がんで遺伝子変異を有する人の約半分がEGFR遺伝子変異である。肺がん全体で見ても3人に1人はEGFR遺伝子変異陽性である。
EGFRは細胞が増殖する時に活躍するタンパク質であり、リガンドが結合してリン酸化が起こると細胞増殖、細胞生存が活性化される。
中川先生講演資料より(出典:日本肺癌学会バイオマーカー委員会編:肺癌患者におけるEGFR遺伝子変異検査の手引き第4.3版 はじめに Ⅰ. EGFR 分子とその遺伝子変異)
この経路に変異が起こると常に細胞増殖、細胞生存が活性化され、肺がんを発症する。なお、EGFR遺伝子変異には主要なものが2つある。1つはエクソン19欠失(Del19)でEGFR遺伝子変異の44.8%、もう1つはL858R変異(L858R)であり39.8%を占めている。
EGFR遺伝子変異を標的とした治療薬がEGFR-TKIである。EGFR-TKI には、ATPと競合し受容体に可逆的に結合する第1世代、それに続いて登場したのが受容体と一度結合したら離れない第2世代がある。また、EGFR-TKIの使用で起きるT790Mという薬剤耐性変異に対応する第3世代の薬剤も登場している。
第2世代:アファチニブ、ダコミチニブ
第3世代:オシメルチニブ
元々はEGFRT790M変異陽性の患者の二次治療以降での有効性が示されていたオシメルチニブだが、一次治療から使用するとT790M変異が起こらないためより長く効果があると報告され、現在最も良く使用されている。
肺癌診療ガイドライン2020年版では、EGFR遺伝子変異の中でもDel19やL858Rを持っている患者でオシメルチニブの有効性が証明され、強く推奨するという位置づけに変わった。しかし、EGFR-TKI単剤投与の臨床試験において、Del19とL858Rでは治療効果に差があり、L858Rでは治療効果が低いという結果が報告されている。
サイラムザの併用で2つのシグナル経路を阻害
サイラムザはドセタキセルとの併用療法として肺がんの二次治療で広く使用されていた。今回、用法・用量が変更されたことで、サイラムザはEGFR-TKIの併用療法が国内で初めて承認されたVEGF阻害剤となった。VEGF阻害剤ではこれまでもベバシズマブ+プラチナ製剤の併用療法が可能であったが、ベバシズマブはVEGFの抗体であり、サイラムザは受容体であるVEGFR2に特異的に結合するため作用する点が異なる。
EGFR遺伝子変異陽性の腫瘍では、EGFRのリン酸化シグナルが亢進し細胞増殖が活性化するが、それとともにHIF-1αというタンパク質も亢進する。これにより、VEGFの発現も増加し血管新生も誘導される。そのため「VEGF阻害剤(サイラムザ)+EGFR-TKI(エルロチニブ)の併用療法はVEGFRとEGFRのシグナル経路を二重で阻害することで腫瘍増殖をより効果的に抑制すると考えられています」と中川主任教授は語った。
RELAY試験から見えたサイラムザ+エルロチニブ併用療法の有用性
中川主任教授が治験責任医師を務め、サイラムザ+エルロチニブ併用療法の効果を検証したRELAY試験は、日本が中心となって実施した臨床試験であり、13カ国100施設が参加した。主な試験デザインは以下の通り。
◆RELAY試験概要
試験名
治療歴のないEGFR遺伝子変異を有する転移性非小細胞肺癌患者を対象としてエルロチニブとラムシルマブの併用療法とエルロチニブとプラセボの併用療法とを比較する多施設共同無作為化二重盲検試験(RELAY試験)
適格基準
・IV期非小細胞肺がん
・EGFR遺伝子変異陽性(Del19またはL858R)
・ECOG PS 0-1
デザイン
サイラムザ10mg/kg2週毎+エルロチニブ150mg/日(N=224人)vsプラセボ2週毎+エルロチニブ150mg/日(N=225人)
層別因子
・EGFR遺伝子変異タイプ(Del19vsL858R)
・性別(男性vs女性)
・地域(東アジアvsその他)
・EGFR遺伝子変異検査法(therascreen/cobas vs その他)
L858R遺伝子変異にも臨床的ベネフィットがあると示唆
追跡期間中央値20.7ヵ月時点での全患者におけるPFSは、サイラムザ+エルロチニブ併用療法群(以下、サイラムザ群)で19.4ヵ月、プラセボ+エルロチニブ群(以下プラセボ群)12.4ヵ月を示した(HR:0.59、95%信頼区間:0.46-0.76、p<0.0001)。
また、EGFR遺伝子変異タイプ別のPFSは、Del19群19.6ヵ月、L858R群19.4ヵ月を示し、どちらの変異においてもPFSを統計学的有意に延長している。これまでのEGFR-TKI単剤の臨床試験では、L858Rに対する有用性はDel19よりも低かったため、初めてDel19とL858Rの遺伝子変異において同等の臨床的ベネフィットがあることが示されたという。
さらに日本人患者におけるサイラムザ群のPFSは19.35ヵ月であり、全患者での結果と相違なく、統計学的有意に延長を示した。全患者における無増悪生存率はサイラムザ群71.9%、プラセボ群50.7%で統計学的有意に改善を示し、日本人患者のみのサブグループ解析においても、サイラムザ群76.2%、プラセボ群49.0%と統計学的有意に改善を示した(HR:0.610、95%信頼区間:0.431-0.864、p=0.0050)。
奏効率と奏効期間では、全奏効率(ORR)はサイラムザ群76%、プラセボ群75%、安定した病状も含んだ病勢コントロール率(DCR)はサイラムザ群95%、プラセボ群96%で同等であった。しかし、奏功した集団における効果が持続している期間を示す奏効期間はサイラムザ群18.0ヵ月、プラセボ群11.1ヵ月であり、サイラムザ群が統計学的有意に延長を示した。
二次治療以降の選択肢に影響を与えるVEGF阻害剤+EGFR-TKI療法
今回の試験では、二次治療で薬剤の効果が見られなくなったタイミングをPFS2としての解析も行われ、サイラムザ群がプラセボ群に対して延長することが示された。この結果は、全生存期間(OS)を延長する可能性を示唆するものだという。
また、RELAY試験で使用されているEGFR-TKIは第1世代のエルロチニブであるため、耐性遺伝子であるT790Mがどの程度検出されるかを検証した。その結果、サイラムザ群の43%、プラセボ群の47%でT790Mを検出したが、両群間で差は見られなかった。しかし、前述のPFSの結果などから、サイラムザ+エルロチニブ併用療法を一次治療とすることにより、二次治療以降の薬剤選択に広がりを与えると中川主任教授は着目している。
一方、安全性については、全グレードでの有害事象として、高血圧や肝機能障害、口内炎の発症数がサイラムザ群でプラセボ群よりも多かった。グレード3以上の有害事象として、肝機能障害や口内炎はサイラムザ群とプラセボ群で同等、高血圧はサイラムザ群で多かった。また、最も懸念されていた薬剤性肺炎も差は認められなかった。この結果は日本人におけるサブグループ解析でも全体の傾向と相違はなかった。
同セミナーを開催した日本イーライリリー研究開発・メディカルアフェアーズ統括本部オンコロジー領域本部長の江夏総太郎氏は「サイラムザはすべてのがん種において投与時間の短縮が可能になりました。また、これまでドセタキセルとの併用で非小細胞肺癌の二次治療として使用されていた血管新生阻害剤であるサイラムザが、今回の承認によりEGFR遺伝子変異陽性肺癌の一次治療としてEGFR-TKIであるエルロチニブ又はゲフィチニブとの併用できるようになりました。この新しい併用療法が国内の非小細胞肺癌の治療成績の向上に貢献できることを希望しています」と述べている。
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